『テロルの昭和史』
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昭和の政治テロと新しい戦前の導火線
[レビュアー] 碓井広義(メディア文化評論家)
今年の夏も戦争関連番組が何本も放送された。主に太平洋戦争を扱ったものが多く、それ以前のこの国の動きを伝える番組は意外と少なかった。当然のことながら、戦争はいきなり起きるものではない。伏線というか、見えない導火線のようなものがあったはずだ。保阪正康『テロルの昭和史』は、そんな関心に応えてくれる一冊である。
始まりは昭和3年に関東軍高級参謀の河本大作らが中国東北部で起こした、張作霖爆殺事件だ。その後、三月事件、十月事件、血盟団事件、五・一五事件、死のう団事件、永田鉄山刺殺事件、そして昭和11年の二・二六事件まで、8年間にわたって驚くほど多くのテロ事件が起きた。
著者は昭和の政治テロの特徴として以下の三点を挙げる。政治テロは連続して起こる。国民の多くがそれを義挙扱いする。加えて政治家が警世演説や現状批判をしなくなるというのだ。
中でも決行者が愛国者として持ち上げられる異様さを指摘する。たとえば五・一五事件では裁判を通じて事件が正当化され、義挙であるかのように変質していった。動機が正しければ何をしても許されるという空気であり、著者はそれを「動機至純論」と呼ぶ。決行者に私欲や打算がないことを理由に、行為が美徳へと変化する危うい思想だ。
テロは決して過去の出来事ではない。昨年7月の安倍晋三元首相銃撃事件。今年4月に起きた岸田文雄首相襲撃事件。テロの先にあるものこそ警戒すべきだ。