『台湾漫遊鉄道のふたり』
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“味わう”から“考える”日台を駆け抜ける歴史列車
[レビュアー] 倉本さおり(書評家、ライター)
舞台は昭和十三年、日本統治下の台湾。底なしの胃袋を持つ日本人女性作家が、美しくも謎めいた本島人の女性通訳を相棒に、鉄道で各地をめぐってあらゆる美食を食べつくしていく―。今年四月に邦訳されるやまたたく間にSNS上の話題をさらった本書は、「食×鉄道旅×百合」とエンタメ要素てんこ盛りの快作だ。現在三刷と海外文学では珍しいスピードで売れ続けているが、その人気はあくまで各クラスタを唸らせるだけの綿密な史料考察に裏打ちされている。
台湾では戦後長らく、中国大陸から遷移してきた国民党政権による独裁が続いていたため、学校で教わる“歴史”といえば“大陸の歴史”、つまり中国の歴史だった。だが2000年に政権が交代すると状況は一変。“台湾の歴史”を探究する機運が高まり、原住民族の歴史や文化に加え、タブーとされ黙殺されてきた日本統治時代に関する史料も公開されるようになった。
作者の楊双子は1984年生まれ。高校生の頃に新しい歴史教育を受けた世代だが、それまで教えられてきたものが“自分たちの歴史”ではなかったこと、そして自身の親世代がそれに疑問を抱いていなかったことに大きなショックを受けたという。
「楊双子さんをはじめ、今の台湾の若い作家の方々が書く、歴史をモチーフにしたエンターテインメント小説の特徴は、“自分たちが何を知っていて何を知らないのか”ということに非常に自覚的な点じゃないかと思います」(担当編集者)
本作は日本人作家・千鶴子の視点から綴られていくのがポイントだ。千鶴子の感興の赴くまま、驚きと好奇心をもって描写される台湾の珍しい風景と食べ物の数々は、ショーケースのような鮮やかさで日本の読者を魅了する。だがそれは、統治者の立場から“見たいものを見たいように”切り取った景色でもあるのだ。その傲慢さに、千鶴子は向かいに座る「友達」の表情からようやく気づき始める。
「カジュアルな読み口からは想像できないほど深い問いが持ち込まれている作品です」(同)。“味わう”から“考える”へ、見事な橋渡しを担ってくれる一冊だ。