『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子著(中央公論新社)

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『台湾漫遊鉄道のふたり』楊双子著(中央公論新社)

[レビュアー] 池澤春菜(声優・作家・書評家)

統治下 格差が友情に影

 日本人作家の青山千鶴子(ちづこ)は講演のために台湾に招かれ、そのまま1年間留(とど)まることとなった。千鶴子の通訳をし、生活の面倒も見るのは台湾人の王千鶴(おうちづる)。同じ名前の千鶴子と千鶴には、それ以外にも思わぬ共通点があった。

 無類の食べること好きで、お腹(なか)の中に妖怪がいると言われる健啖家(けんたんか)の千鶴子。台湾のあちこちを旅しては、宴会料理からストリートフードまで食べ尽くす。そんな千鶴子の世話を細やかに焼き、様々な台湾の料理を作っては、その由来や歴史を話して聞かせる千鶴。複雑な出生だといいながら、英語やフランス語にも通じ、並々ならぬ教養を持つ。千鶴子は千鶴に惹(ひ)かれ、親友になりたいと折に触れてアピールするが、千鶴は美しい能面のようなアルカイックスマイルを崩さない。

 千鶴が抱える秘密とはなんなのか。

 時代は1938年、台湾が日本に譲渡され植民地となってから40年。色鮮やかで、匂い立つような台湾の美しい風景の中に、内地人と本島人の格差が影を落とす。

 70回は行った台湾。読みながら、次々に出てくる、台湾の本当に美味(おい)しいものたちや景色が本当に懐かしかった。わたしも旅に出ると食欲がバグるので、千鶴子と千鶴の大いなる食べっぷりに親近感も覚えた。

 けれど、同時にとても不安になった。

 美味しくて、人々が優しくて、懐かしくて新しい、大好き。そんな上っ面の理解だけで、台湾と接してきたのではないか。わたしは千鶴の内面を理解しようとしただろうか。

 この小説は台湾で書かれ、出版され、日本語に翻訳された。台湾の人たちはどんな気持ちで主人公千鶴子の言動を追いかけたのだろう。

 虚構と現実、欺瞞(ぎまん)と真実の間を行き来する合わせ鏡のような見事な構成も読みどころ。千鶴子と千鶴の友情の行方をぜひ見守ってほしい。三浦裕子訳。

読売新聞
2023年9月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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