『これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話』
- 著者
- カトリーン・キラス=マルサル [著]/山本 真麻 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 社会科学/社会
- ISBN
- 9784309231372
- 発売日
- 2023/08/29
- 価格
- 2,310円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『これまでの経済で無視されてきた数々のアイデアの話 イノベーションとジェンダー』カトリーン・キラス=マルサル著
[レビュアー] 佐藤義雄(住友生命保険特別顧問)
危機克服 女性的価値観で
本書は家事や育児や介護などの女性の家庭内労働が経済学や市場経済では全く無視されてきたと主張して話題となった『アダム・スミスの夕食を作ったのは誰か?』の著者の2冊目の著書である。
20世紀初頭に欧米で普及していた電気自動車は結局ガソリン車にその覇権を奪われた。たくましい男性にはクランク起動に力を要し操作の難しいガソリン車がふさわしく、電気自動車は女性用の乗り物という固定観念があったからだという。初期のコンピュータ産業は低賃金の女性が単調な計算やプログラミングを行う職場であったが、女性に代わり男性が進出するようになると同じような仕事でも賃金はなぜか急上昇した。またイノベーションの世界では「破壊する」「支配する」といった男性的価値観の下で新しいテクノロジーが生み出され、女性的なアイデアは無視されてきたと著者は主張する。世界の経済は長い間、様々な局面で男性優位の価値観やルールに支配され発展してきたというのだ。
実際には女性は消費の主役として経済を担い、「感情」「信頼」「つながり」などの「ソフト」な価値観や繊細な技術で社会を支えてきたにも拘(かか)わらず、その貢献は十分に認められていない。また女性の起業は資金調達が未(いま)だに困難であり、男女の賃金格差は男女平等先進国ですら現在でも存在していると指摘する。
だがこの状況は変わらなければならないと訴える。気候変動の深刻化の中で、男性的価値観によるイノベーションのみでは限界があり、自然との調和を重んじる女性的価値観によるライフスタイルの改変とテクノロジーの融合が必要である。そしてAI、ロボットの急速な発展による雇用不安の中では、女性の得意な感情洞察力、共感力、人間関係の構築力などが人間の存在価値として大切であり、このことの再認識が重要だからだと説く。
こう紹介するとジェンダー平等を唱える堅い本という印象を受ける人も多いだろうが、エピソードの数々が興味深く独特のユーモアもちりばめられた一冊である。山本真麻訳。(河出書房新社、2310円)