『伝言』
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<書評>『伝言』中脇初枝 著
[レビュアー] 小林エリカ(作家・マンガ家)
◆気づけなかった過ち語る
満洲、新京敷島高等女学校に通う「わたくし」が学徒動員で作った、紙風船。「わたくし」をかわいがり、おいしい饅頭(マントウ)をくれる、満人の李太太(リータイタイ)。
日本の敗戦とともに、しかしそんな景色は失われ、新京の街には、青天白日旗(中華民国の国旗)がはためき、ソ連軍がなだれこんでくる。軍と軍属たちだけが我先にと逃げ出していた。「王道楽土」のこの大地の「五族協和」を信じて、頑張って働いてきたのに「わたくしたちの国はここじゃなかった」。
満洲で生まれ育った「わたくし」には異国のように思える「ふるさと」日本への過酷な引揚げの旅がはじまる。
徹底的に調べ上げられた史実をもとに立ち上げられた、大日本帝国の傀儡(かいらい)国家満洲と、その崩壊が、日本人の「わたくし」、中国人の李太太、関東軍で極秘研究に携わる島田らの視点から、立体的に描き出されてゆく。しかし、物語はそれだけでは終わらない。
戦争が終わろうとも、満洲が崩壊しようとも、「わたくし」の、ひとりひとりの人生は、終わらないから。
「わたくし」が作っていた紙風船が、風船爆弾という兵器だったと知ること。満洲開拓というのが、中国人の土地を奪うことだったと知ること。享(う)けてはいけない優しさを享けたことが、わたしの過ちだったと知ること。戦争はわけへだてするのだと、知ること。
「気づけなかったから」
戦後70年を経て、孫を前に、かつての「わたくし」が語る言葉は重い。
『世界の果てのこどもたち』でも描かれた満洲に生きたひとりひとりの物語は、さらに強度を増し、今を生きる私へ、私たちへの、鮮烈な問いかけになっている。私は、この「伝言」をしかと受け取りたい。気づけなくて、見過ごして、やり過ごしてしまったことを、もう、後悔しないですむように。
「『伝言』を受け取り手渡してゆくこと」
(講談社・1980円)
1974年生まれ。作家。著書『きみはいい子』『わたしをみつけて』など。
◆もう1冊
『世界の果てのこどもたち』中脇初枝著(講談社文庫)