舌は欠損、衣服には高放射線…9人の若者が死んだ「世界一不気味な山岳遭難」に迫る

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世界一不気味な遭難事故、凄まじい極限状態の描写。山岳ノンフィクションの傑作

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

 一九五九年、ウラル山脈北部の雪山で若者の登山チーム九名の遺体が発見される。テントから一キロ以上離れた場所で皆散り散りになり、服や靴は脱げ、三人は頭蓋骨折などの重傷、一人は舌を喪っていた。一部の衣服からは濃度の高い放射線が検出された─。

「世界一不気味な遭難事故《ディアトロフ峠事件》の真相」とサブタイトルが付けられた『死に山』(安原和見訳)は、フロリダ出身の映像作家ドニー・アイカーが現場へ足を運び、チームに何が起きたのかを探った渾身のルポルタージュ。冬山登山の模様、遺族ら関係者への取材、九人の当時の足取りを再現する時間軸を交互に配置し、写真や図解などの資料も豊富に盛り込みながら真実に迫ってゆく。

 殺人説、陰謀説、宇宙人の仕業説などのあらゆる仮説を取りあげ、導かれた結論は驚きの一言。しかし荒唐無稽ではなく、専門家による詳細な裏付けも記されていて、こんなこともあるのかと唸らずにはいられない。そして何と言っても、九人ひとりひとりの人となりが丁寧に記されているのがいい。彼らは「ただの犠牲者」ではなかった。

 一九九二年のアラスカ。古びたバスの中で若い男性が亡くなっていた。彼、クリス・マッカンドレスはなぜ何不自由ない暮らしを捨て、名前を変え、北米を放浪し山中へ分け入って行ったのか。映画にもなった『荒野へ』(佐宗鈴夫訳、集英社文庫)は、登山家でもあるジョン・クラカワーがクリスの足跡を辿り、彼とかかわり合った人々を訪ね、餓死とされた死因を再検証した一冊。クリスと自分を重ねながらも、彼の思考や言動を理解できたとは言わない著者の誠実さにうたれる。

 山が舞台のノンフィクションと言えば、世界有数のクライマー、山野井泰史・妙子夫妻がヒマラヤの氷壁ギャチュンカンにアタックした二〇〇二年の記録『凍』沢木耕太郎、新潮文庫)。過酷という言葉が生ぬるく思えるほどの凄まじさ、幾度も訪れる極限状態の描写に呼吸が苦しくなり、何度も本を閉じながら読んだことが忘れられない。

新潮社 週刊新潮
2023年10月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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