平松洋子 生と死の近さを読む五冊――『遺体』『異人たちとの夏』ほか

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生と死の近さを読む五冊

[レビュアー] 平松洋子(エッセイスト)

わたしの選んだ「新潮文庫」5冊

 夏休みのまんなかにあるお盆が好きだった。なすやきゅうりで牛と馬をこしらえ、仏壇の前に家族が肩を並べて経本を手にしながらお経を唱えた。しみじみとした懐かしさとともに思うのだが、お盆には彼岸と此岸が親しい。だから、生と死が近い本を読みたくなるのだ。

『羆嵐』は、人間が自然になぶられるありさまが怖気をふるうほど。大正四年冬、北海道天塩山麓に生きる開拓民が次々に羆に襲われる惨劇、そののち羆と対峙するひとりの猟師。人間を容赦なく暴き出す吉村昭の筆致の恐ろしさに、ひきずり込まれる。

 自然を相手にするとは、何を意味するのか。そのとき人間は、自由を得ることができるのだろうか。生死を賭けて究極の問いに挑む登山家、山野井泰史・妙子夫妻の挑戦を描くノンフィクション『凍』。アラスカの原野を旅しながら、星野道夫が生きることへの思索を刻む『イニュニック〔生命〕』。いずれも、人間と自然がせめぎ合うぎりぎりの線上に立つ二冊だ。

『遺体』が問いかけるのは、震災によって奪われた命の尊厳について。と同時に浮かび上がるのは、釜石という土地に生きる人々の姿である。死を語りながら光がともる必読の書だ。

 夏が来るたび決まって読みたくなるのが、『異人たちとの夏』。毛穴がもわっと開くような暑熱の溜まり。異界の人々との刹那の交わりがせつなく、たまらなく愛おしく、しかし冷えびえとして寂しい。ああ夏が逝ってしまう、と季節を惜しみつつ泣きたくなる。

●『羆嵐』吉村昭[著]
●『凍』沢木耕太郎[著]
●『遺体』 石井光太[著]
●『イニュニック「生命」』星野道夫[著]
●『異人たちとの夏』山田太一[著]

新潮社 波
2018年8月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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