「出世したら幸せか」タレントと戦国時代の家臣の共通点。大河ドラマ大好き芸人・松村邦洋が語る「三河雑兵心得」シリーズの魅力

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三河雑兵心得 足軽仁義

『三河雑兵心得 足軽仁義』

著者
井原忠政 [著]
出版社
双葉社
ISBN
9784575669879
発売日
2020/02/11
価格
693円(税込)

大河ドラマ大好き芸人・松村邦洋が語る「三河雑兵心得」シリーズの魅力(後編)

[文] 双葉社


松村邦洋さん

 芸能界屈指の「歴史好き」「大河ドラマ好き」芸人として知られる松村邦洋さん。松村さんが今ハマっている小説が「三河雑兵心得」シリーズ。足軽の視点で家康の天下取りを描いた痛快な戦国足軽出世物語で、「この時代小説がすごい!」で第1位(2022年度版 文庫書下ろし時代小説部門)に選出、さらには「日本ど真ん中書店大賞2023」を受賞するなど各方面で高い評価を得ている人気シリーズです。

 松村さんが考える「三河雑兵心得」の面白さとは? ビートたけしさんや芸能界にたとえながら松村さん独特の視点で語ってもらいました。

文・取材=麦倉正樹、写真=三橋優美子

***

■「三方ヶ原」「長篠」「関ヶ原」有名な戦いを全部、三河の一兵卒に過ぎない茂兵衛の視点で見るのはすごく斬新

──茂兵衛自身がその出自もあって、そこまで「武士の価値観」みたいなものに同化していないところも、実は本作の重要ポイントかもしれないです。

松村邦洋(以下=松村):そうですね。武士の上のほうにいる人たちというか、役職のある人たちは、すぐに「名誉の死」を遂げようとしたり、それこそ切腹しようとしたりするけど、茂兵衛はそういった価値観にあんまりピンときてないところがある。荒武者ではあるけど、倒した敵の首を取ることにはいまだに抵抗があったりするじゃないですか。首級を持ち帰らないと褒賞がもらえないのに。そこは現代人の価値観に近いところがあって、架空の人物ならではというか、タイムマシーンでたまたまこの時代にきてしまったようなところがありますよね。だからこそ、今を生きる我々の目から見ても感情移入しやすかったり、共感できるようなところがあるのかもしれない。あの時代の武士の価値観はやっぱり独特というか、極端じゃないですか。

──確かに。

松村:今回の大河ドラマ『どうする家康』もそうですけど、徳川家康の話はこれまで小説や映画、ドラマなどで何度も繰り返し描かれているわけじゃないですか。「三方ヶ原の戦い」だったり「長篠の戦い」──今は「設楽ヶ原の戦い」って言うのかな? あと「小牧・長久手の戦い」だったり、それこそ「関ヶ原の戦い」だったりって、すごく有名ですけど、それを全部、三河の一兵卒に過ぎない茂兵衛の視点で見るっていうのはすごく斬新だし、そこがやっぱりこのシリーズのいちばんの醍醐味ですよね。お笑いの世界でも、付き人の方が書いた本がすごく面白かったりするじゃないですか。

──ビートたけしさんの付き人の方が書かれた本とか……。

松村:アル北郷くんが「週刊アサヒ芸能」で連載している『たけし金言集』とか、すごく面白いですよね。まあ、たけしさんの場合は、そこからひとり立ちして出世していった人も多いですけど。でも、お笑いの場合はどこそこの家臣団というより「事務所」のイメージかもしれない(笑)。お笑いの世界でも、いろんな事務所を渡り歩いてきたような人は結構強かったりするんですよね。いろんな人を見てきているから。明智光秀もいろんな「事務所」を渡り歩いてきたわけで──最初は斎藤道三に仕えて、そのあと朝倉義景の世話になり、足利義昭に仕えたあと、信長にヘッドハンティングされて。そうやって、いろんなところを渡り歩いてきたからこそ、仕事ができるみたいなところがあったんじゃないですか。ある意味、即戦力の中途採用みたいな。だからこそ、信長の当たりが強いというか、失敗が許されないようなところがあったのかもしれないですけど。


松村邦洋さん

──確かに。茂兵衛は「事務所」こそ渡り歩いてはいないものの、夏目次郎左衛門にはじまり、本多忠勝、大久保忠世、そして家康など、直属の上司がちょくちょく変わるんですよね。使い勝手がいいので、いろんな現場に派遣される。

松村:そうそう。「こっち行け、あっち行け」って上から言われるがまま、いろんなところに駆り出されて。そこがちょっとサラリーマンっぽいのかもしれない。いきなり「明日から、こっちの部署に行ってくれ」って言われて、そこでまたゼロから仕事を覚えたり、人間関係を作らなきゃいけなかったりするという。「気は進まないけど、社長命令だから従うしかない」みたいな。この「三河雑兵心得」シリーズが、サラリーマンの方に結構読まれているっていうのも、その辺りに理由があるのかもしれない。時代は戦国だけど、ちょっと身につまされるようなところがあるというか(笑)。結果次第で、徐々に出世していくところも、また共感できるのかも。

──あくまでも茂兵衛は一般人ですからね。

松村:サラリーマンの人がみんな社長を目指しているわけじゃないように、茂兵衛も別に「天下を取ろう」なんて思ってないところも良いんです。みんながみんな、秀吉や家康みたいに天下を取ろうとしていたわけではない。その辺もすごくリアルで、それはお笑いの世界だって同じなんですよね。誰もがたけしさんを目指しているわけじゃないというか、たけしさんに憧れてこの世界に入ってきたとしても、ほとんどの人がたけしさんにはなれないわけで。ただ、たとえ天下を取らなくても、すごい人たちっていうのはたくさんいます。「あいつ、そんなに知られてないけど、すごく面白いよね」みたいな人。それは、表に出るタレントさんだけじゃなくて、裏方の人たちもそうで……世の中的には全然知られてないけど、内側にいる人たちはみんな知っている実力者みたいな人は、どこの世界にも結構いるんですよ。茂兵衛もきっと、そういうタイプなんじゃないですか。

──頂点を目指すだけが人生ではない、と。

松村:やっぱり人間、どうしても「高さ」にこだわりがちだし、若い頃は特にそうなのかもしれないけど、僕は「長さ」にこだわってもいいんじゃないかって思うんです。そのためには、生き延びなきゃならないわけで。茂兵衛も同じですよね。いくさに出ても、そこで生き残ることがいちばん大事という価値観で生きている。「高さ」ばかり追い求めて、出世したからそれで幸せかと言えば、そうでもなかったりするじゃないですか。秀吉もそこまで幸せそうじゃないし、タレントだって、すごく売れているけど私生活はめちゃくちゃだっていう人、意外と多いですから(笑)。そこそこ売れているぐらいの人たちのほうが、よっぽど幸せそうだったりするんです。だから、茂兵衛はこれからまだ出世していくのかもしれないけど、あんまり出世しないでほしいなって思います(笑)。その辺りも含めて、今後の展開が楽しみです。

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松村邦洋(まつむら・くにひろ)プロフィール
1967年8月11日生まれ、山口県出身。九州産業大学在学中に片岡鶴太郎に認められ芸能界入り。ビートたけし、石橋貴明、掛布雅之など、それまでにないものまね芸で人気となる。
小学生の時に大河ドラマ「風と雲と虹と」を見て、歴史好きになる。YouTube「松村邦洋のタメにならないチャンネル」では、大河ドラマ「どうする家康」の撮って出し動画を毎週配信中。
YouTube「松村邦洋のタメにならないチャンネル」

井原忠政(いはら・ただまさ)プロフィール
2000年に、脚本「連弾」が第25回城戸賞に入選し、経塚丸雄名義で脚本家デビュー。主な作品に『鴨川ホルモー』『THE LAST-NARUTO THE MOVIE-』などがある。2016 年『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビューし(経塚丸雄名義)、翌年、同作で第6回歴史時代作家クラブ新人賞を受賞した。2020年、ペンネームを井原忠政に変えて歴史時代小説「三河雑兵心得」シリーズの刊行を開始。同シリーズで『この時代小説がすごい! 2022年版』文庫書き下ろしランキング 第1位を獲得する。他の著書に『うつけ屋敷の旗本大家』『人撃ち稼業』『人撃ち稼業 殿様行列』『北近江合戦心得 姉川忠義』『北近江合戦心得 長島忠義』がある。神奈川県鎌倉市在住。

2023年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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