【聞きたい。】小川哲さん『君が手にするはずだった黄金について』

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【聞きたい。】小川哲さん『君が手にするはずだった黄金について』

[文] 海老沢類(産経新聞社)


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■「虚像」を生きる理由

満洲の架空の炭鉱都市を描いた直木賞受賞作『地図と拳(こぶし)』は600ページを超える大作だった。それと並行して書き継いでいたこの連作集は、著者自身を想起させる「僕」を主人公にした6編を収める。

「『地図と拳』では調べものをしながら、遠くのものを書いていた。今度は『近いものを』という気持ちがあった」と明かす。「そこから『小説家の視点で小説について考える』というテーマが生まれた。自分は何で小説を書いているのか。嘘や虚構って何だろう、と。実際の経験? 結構入ってますね」

就職活動でのエントリーシートに苦戦し、フィクションを書き始める「プロローグ」。震災前日の行動を手繰り寄せようとして、事実と思い込んでいた記憶の疑わしさに直面する「三月十日」…。虚と実の間を往還する「僕」は、偽のロレックスの腕時計を巻く漫画家ら虚構で身を飾った面々との交流も反芻(はんすう)する。「小説には記憶や現実を都合よく曲げて商品にしている、という面もある。この人について考えたら『小説とは何か』に接近できる。そう思えたのが虚構を売り買いする人だった」

表題作も虚構を巡る話。おせっかいで不器用で、目標はやけに高い-。そんな高校時代の同級生がトレーダーとして成功し80億円を運用している、と作家の「僕」は知る。有料ブログも人気で、六本木のタワマンに住み、羽振りもいいらしい。ところがネット上で同級生の嘘が次々暴かれる。見えてくるのは同級生が持つ強い承認欲求だ。才能のなさは自覚しつつ、たとえ虚像であっても輝きや成功を求めてしまう姿がつづられる。

「『自分を大きく見せたい』『認められたい』というのは人間の根源的な欲求だと思う。ただ現代はSNSという新しい回路ができて、その欲求が見えやすくなっている。僕自身は他人の尺度に委ねずに自分で自分をジャッジすることが多いから承認欲求はよく分からない。分からないものについて考える…それを無理なくできるのが小説なんですよね」

同級生の行為に「僕」は首をかしげるが、断罪はしない。むしろ自分との見えにくい共通点を探そうとする。そんな想像力も手伝って、悲しくもどこか温かな余韻がある。

「未知で遠く感じていた存在が、実は自分と深い層でつながっているかもしれない。その回路を発見することが、僕にとっての想像力なんだな、と書きながら感じましたね。小説って理解しようとすればするほど難しさが分かってくる。だから楽しいんです」(新潮社・1760円)

海老沢類(文化部)

   ◇

おがわ・さとし 昭和61年、千葉県生まれ。東京大大学院総合文化研究科博士課程退学。平成27年にデビューし、『ゲームの王国』で山本周五郎賞と日本SF大賞。令和4年刊行の『地図と拳』で山田風太郎賞と直木賞を受けた。ほかの著書に『君のクイズ』など。

産経新聞
2023年11月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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