小説は「不謹慎な方がいい」筒井康隆が語った『時をかける少女』時代や直木賞選考委員を揶揄しまくった小説

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カーテンコール

『カーテンコール』

著者
筒井 康隆 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103145363
発売日
2023/11/01
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

君が手にするはずだった黄金について

『君が手にするはずだった黄金について』

著者
小川 哲 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103553113
発売日
2023/10/18
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

小川哲×筒井康隆・対談「不謹慎であればあるほどいい」

[レビュアー] 新潮社


筒井康隆さん

 筒井康隆の作家人生は、同志社大学卒後、弟たちと創刊したSF同人誌〈NULL〉から始まった。

 すぐに江戸川乱歩に高く評価されてプロ作家に。直木賞候補に3回なりながら選考委員には理解されず受賞しなかったものの、やがて『虚人たち』で泉鏡花文学賞、『夢の木坂分岐点』で谷崎潤一郎賞、「ヨッパ谷への降下」で川端康成文学賞、『朝のガスパール』で日本SF大賞を受賞するなど、人気作家にして日本を代表する文豪となっていった。

 また、『時をかける少女』や『七瀬ふたたび』『パプリカ』『富豪刑事』など映像化やコミカライズされた作品も数多く手掛け、〈ツツイスト〉と呼ばれる熱狂的なファンを獲得する。

 一方で、1993年9月には、用語規制に反発して、「私、ぷっつんしちゃいました」と突如断筆宣言を発表。断筆の期間は3年3カ月に及んだ。

 断筆宣言解除後も、『わたしのグランパ』(読売文学賞受賞)、『モナドの領域』(毎日芸術賞受賞)などを話題作を発表、2023年11月には自ら「最後の作品集」と呼ぶ『カーテンコール』が刊行され注目された。

 この唯一無二の作家・筒井康隆に迫ったのが、『地図と拳』で直木賞を受賞した小川哲だ。『カーテンコール』が本当に最後になるのか? そもそも作家になろうと思ったきっかけは何か? そしてどんな作家を目指して活動してきたのか? 作家の覚悟を浮かび上がらせた対話を公開する。

※この対談は、2023年12月3日および10日にTOKYO FMで放送された「Street Fiction by SATOSHI OGAWA」の活字バージョンです。対談の模様は、オーディオコンテンツプラットフォームAuDeeでお楽しみ頂けます

小川哲×筒井康隆・対談「不謹慎であればあるほどいい」

小川 筒井さんが「これがおそらくわが最後の作品集になるだろう」と宣言した『カーテンコール』が刊行されました。二〇二〇年から二三年にかけて発表された二十五篇の掌篇小説が収められていますが、この本はどういう経緯で作ろうと思われたのでしょうか。

筒井 昔は、短篇集や掌篇小説集を作る時、いろんな作品をごちゃ混ぜにしていたんです。このところ書いた作品を集めたらちょうどいい枚数になるからと、純文学もSFもエンタメも一緒くたにして一冊にまとめていた。でも、この年齢になると、それではよくないのではないかと思うようになってね。やはり〈老人の美学〉を見せないといけないのではないか(笑)。『カーテンコール』の前の短篇集『ジャックポット』(二一年)はわりとハードな前衛的作品ばかりを集めたものでした。あれも途中から「前衛的なものだけを集めて一冊にしよう」と決めたんです。で、『ジャックポット』の次の作品集は、逆にエンターテインメントに寄せたものだけでまとめよう、と。

小川 着想の段階から「これは最後の作品集になるかもしれない」と思ってらっしゃった?

筒井 もちろんです。最後の作品集だから売れてもらわないと困るので、十枚前後の短いエンタメものをたくさん集めた本にしてやれ、それなら売れるだろう(笑)。そこはもう心得ていますから、意識的にやりましたね。

小川 二十五篇の内容については、みなさんにぜひお読み頂きたいのですが、「エンターテインメントに寄せた」と言っても、前衛っぽいものもあれば、SFもあり、ユーモアで押していくものもあります。これまでの作家筒井康隆のエッセンスが一冊に詰まっているのですが、中でも、これまでの筒井さんの代表作、『時をかける少女』(一九六七年)や『文学部唯野教授』(九〇年)や『富豪刑事』(七八年)等々の主人公や、星新一さんや小松左京さんなど往年のSF作家仲間が出てくる「プレイバック」にはとりわけ感動させられました。また、亡くなられた息子さんのことを書かれた「川のほとり」にももちろん胸を打たれたのですが、しかし、僕は少年時代に筒井作品を読み始めた頃から、「感動作を書く時の筒井康隆には気をつけろ」と思ってもきました。素直に感動してしまうと、作者に裏で笑われているのではないかと疑心暗鬼になるんです。

筒井 それはその通りですよ。読者から「泣きました」なんて言われると、こっちは「しめしめ、狙い通りだ」とほくそ笑むわけです。

小川 やっぱり(笑)。なので、僕が『カーテンコール』の中で好きな作品だと不安なく言えるのは、大蛇が大好きな美少女が出てくる「白蛇姫」とか、人魚に恋をする「横恋慕」とか、ファンタジックで、かつ愛の残酷さが出た小説ですね。それと「波」の書評にも書いたのですが、「お時さん」に森が出てきたのには大笑いしました。大江健三郎さんも晩年は繰り返し四国の森を描いていましたし、筒井さんがお好きなハイデガーも晩年は森に籠っていた。「お時さん」の主人公も森の中を散歩しますね。散歩というのも僕は文学の大きなテーマだと思っているんです。筒井さんの「最後の作品集」と銘打った本に、森の中の散歩が出てきたので、僕は何だか感激しました。

筒井 「お時さん」に出てくる森は、大江さんの森と違って、都会の中の森です。言ってみれば、代々木公園みたいなところですよ。「お時さん」の発想の元は、エノケンの「兵六夢物語」なんです。あの映画に霧立のぼるがやっている小料理屋が出てきましてね、ああいう店が実際にあればいいなあという願望で書きました。

小川 『カーテンコール』に収められた作品はコロナ禍が起きてから書かれたと思いますが、まさに「コロナ追分」と題された作品があったりして、完全にコロナをおちょくっていますね。

筒井 コロナを作品に利用したわけです。「夜は更けゆく」なんて兄妹の危ない話は、コロナ禍だからああいうシチュエーションになるわけですからね。いろいろ利用させて頂きました(笑)。

小川 コロナに限らず、これまでも筒井さんは社会情勢を巧みに利用してこられました。今、ロシアとウクライナとの戦争が長引いていますし、パレスチナとイスラエルの戦闘も始まりました。筒井さんは「最後の作品集」の後もなお、そんな世界の情勢などを利用して書いてやろうという気持ちはおありでしょうか。

筒井 僕はベトナム戦争が過熱している最中に「ベトナム観光公社」を書いて、「世の中には茶化していいことと悪いことがある」と批判されましたが、昔から僕は基本的に「何を書いてもいい」という立場です。だから、いいアイディアさえ思いつけば、やっぱり書いてしまうでしょうね。次の作品集を出すほどの分量は書けないだろうけれども、筆を折るわけじゃないですから。

小川 面白ければ不謹慎でもいいだろう、あるいは、そもそも不謹慎なんてないんだ、というお立場でしょうか。

筒井 いや、僕の場合はむしろ「不謹慎な方がいい」という考えですね(笑)。小説というものは、積極的に不謹慎でないといけないんじゃないか。

小川 確かに。

新潮社 波
2024年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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