陸軍中野学校卒業後、蒋介石の暗殺命令を受けた父親の人生 元海自特殊部隊の伊藤祐靖が語った想い

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陸軍中野学校外伝 蔣介石暗殺命令を受けた男

『陸軍中野学校外伝 蔣介石暗殺命令を受けた男』

著者
伊藤 祐靖 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414531
発売日
2023/10/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

特集 伊藤祐靖の世界 『陸軍中野学校外伝 蒋介石暗殺命令を受けた男』刊行記念伊藤祐靖インタビュー

[文] 角川春樹事務所


伊藤祐靖

 自衛隊に特殊部隊を作ったとして知られる伊藤祐靖氏。

 日本の防衛環境の内情を熟知した伊藤氏が、かつて陸軍中野学校の俊英として知られた父親の知られざる足跡と歴史の闇を描いた『陸軍中野学校外伝 蒋介石暗殺命令を受けた男』を刊行した。

 ウクライナ戦争の突然の勃発など、日本の隣国を巡る国際環境が厳しさを増してくる中、その執筆に至るまでの経緯と本書へ込めた想いとは?

◆陸軍中野学校に学ぶことはなにもなかった父

――本作品を書こうと思ったきっかけは?

伊藤祐靖(以下、伊藤) 父を主人公にした小説は、ずっと書こうと思っていました。その理由は父が「変だから」です(笑)。昭和二年に生まれた父は、戦前、戦中、戦後を通して昭和という激動の時代を生きました。父の昔話はよく聞いていましたが、いつも当時を語る他の人たちとは違うことを言っていました。例えば特攻隊の遺書です。まだ十六歳の青年が、両親への感謝を込めた文章を美しい筆跡でしたためているのを読めば、多くの人は涙せずにいられないでしょう。ところが「あれほど立派な遺書を書けるなら、みなさぞ優秀だったのでしょうね」と父に問うと、「そんなわけないだろ」と一蹴するんですよ。父によれば、特攻隊には遺書のフォーマットがあった。満足に字が書けない隊員の遺書は、達筆な仲間が代筆することもあったそうです。しかも特攻隊は品行方正な人物だけでなく、コンビニの前でたむろしているようなどうしようもない連中もいた。私はそれを聞いて「やっぱり」と思いました。
 戦争中の話は美談が多いですが、ひねくれ者の私は心の片隅で「本当にそうなのか?」とずっと疑問でした。私は昔の人がみな優秀だったとも、敗戦から数十年で日本人ががらりと変わったとも思えない。昔も不真面目でぶっとんだ人間がいたはずですが、そうした話はなかなか出てきませんよね。父の話には美談はなく、だからこそ腑に落ちるリアルさがありました。あの時代にも父のように常識から外れた変な人間がいたという話を書くことで、現実のにおいを伝えたいと思いました。

――二作目となる本作品は、現代を舞台にした前作の『邦人奪還』と異なり、均が生きた昭和の時代を描いています。作品で力を入れたところは?

伊藤 いくつかありますが、まずは戦前の庶民の生活ですね。世界恐慌と満州事変を経て、父が物心ついた頃から世の中から物資がどんどんなくなっていったと聞いています。衣食住に関わる、庶民にとってごく当たり前だったものが、戦争継続のために次々と代用品になっていく。代用品の数々には、日本人特有の創意工夫が発揮されるんですけどね。庶民が時代の大きなうねりに流されていく様子を、父が育った東京のひとつの家庭の風景を通じて書きました。

 もうひとつは「父らしさ」です。愛国心を叩き込む学校や軍隊で、父はどうだったのか。小説にはにわかに信じがたい話がたくさん出てきますが、そこには父なりの譲れない論理がありました。目的のためならインチキも厭わない父は、小さい頃から周りと違う自分に気づいていたと思います。今以上にみんなと同じことがよしとされる当時の価値観の中では、生きづらさを感じることもあったでしょう。そんな父は、諜報将校の養成機関として知られる陸軍中野学校で花開きます。敗戦で多くの資料が消された中野学校は謎のベールに包まれた組織として語られます。中野学校といえば、市川雷蔵主演の映画シリーズがありますよね。フィリピンのルバング島でたった独りになっても、二十九年間に渡って情報収集や諜報活動を続けていた小野田少尉も中野学校の卒業生です。全国から優秀な者を選抜し、国内外で暗躍するスパイを育てた機関はさぞすごいところだろうと思う方が多いと思いますが、父は常々「あんなところ大したことない」と言っていました。初日に「軍人らしさを捨てろ」と言われる中野学校は、多くの学生にとってそれまで必死で身に付けた常識を今度は捨て去る努力を求められる場でした。ところが小さい頃から常識という枠を窮屈に感じていた父の、平時には決して評価されなかった「父らしさ」は、まさに中野学校が求める能力でした。両者の出会いは、時代が生み出した偶然の一瞬といえます。

構成:はたけあゆみ 写真:三原久明

角川春樹事務所 ランティエ
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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