政界を揺るがす「裏金問題」と「選挙」の真実を描いた小説『ゼロ打ち』に作者・相場英雄が語る

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ゼロ打ち

『ゼロ打ち』

著者
相場 英雄 [著]
出版社
角川春樹事務所
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784758414579
発売日
2024/02/29
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

相場英雄の世界

[文] 角川春樹事務所


相場英雄

「ゼロ打ち」とは、選挙の開票開始直後、開票率0パーセントに近い時点で特定候補者の当選確実を報じること。

『震える牛』『トップリーグ』『ガラパゴス』など、隠された社会問題をエンターテインメントとして昇華することに長け、多くのドラマ化もされたベストセラーを生み出してきた相場英雄が新たに描き出した政治の闇とは?

公共放送vs大新聞、選挙速報を巡る前代未聞の争い。政治とカネのタブーに、鮮やかに斬り込む衝撃作はどのようにして生まれたのか、著者にうかがった。

◆新聞記者ですら驚く、知られざる地方選挙の裏側

――今回は国政選挙に切り込み、その実態を生々しく描き出しています。選挙で本当にこんなことが繰り広げられているのかと、愕然としました。

相場英雄(以下、相場) 僕は新聞記者時代、平場で選挙取材をしたことはありませんが、選挙班に組み入れられて手伝わされたことはあります。すると、投票が締め切られた後、票数の確定前に「当選確実」を出す作業をするんですが、情勢的に出してもいいタイミングでも選挙センター長は「ちょっと待て」と。そして公共放送が当確を打った瞬間に「出せ!」(笑)。「なんじゃこりゃ。意味ないじゃん」と思ったんです。こっちは本来の経済部の仕事を放り出して、リハーサルだなんだとつき合っているのに、「何か違うよね」という思いがぬぐえなかった。そこで『ゼロ打ち』のために取材してみると、新聞記者が知らない実態があった。記者ですら驚くんだから、一般の人たちが知ったら、かなり衝撃だろうと思うんです。

――『ゼロ打ち』は政界ものとしては「トップリーグ」シリーズに次ぐ作品であり、選挙を扱ったのは『レッドネック』に次いで2作目です。『レッドネック』は都知事選で少し先取りした選挙を描きました。今回は国政選挙の現状が題材です。本作の驚きのポイントは二つあって、一つは選挙速報の舞台裏です。激戦区でも、公共放送はなぜあんなに早く当確が打てるのでしょうか。

相場 作中では公共放送NHRとなっていますが、公共放送の記者にガチで話を聞きました。本書に書いたことですが、開票中に某区の部屋に呼び出されて、行くと机に寿司桶があるんだって。彼らも何が何やらわからない。すると、「食べてよ」って。そこで開票中のデータが渡される。でもそれを取ってくるために、提灯記事を書いて犬になる。彼らもやってられないから、僕にサシ(密告)が入るわけです。プラスして公共放送の偉い人が、期日前投票と出口調査の結果を政党に耳打ちするのも常態化しているようです。こればかりは政党側は取れないから。ちょっと待ってよと。それはいくらなんでも出口調査とかに協力してくれた人をなめすぎてません?

――よくそんなことを書きましたね。

相場 ドラマ「ドクターX」の大門未知子ふうに言うと、私、忖度しないので(笑)。

――でも、それくらいしなきゃ、まだほとんど開票されていないうちに当確を報道する「ゼロ打ち」なんてありえないですよね。

相場 政治家サイドからすると、ゼロ打ちはありがたいものなんですって。お世話になった支援者、支援団体にすぐお礼が言えるから。支援者もお祝いの花とか誰が最初に届けるかは重要ですから。人間ってそういうことをいやらしく覚えているでしょ(笑)。

――この二十一世紀に、ずいぶん前時代的な話です。公職選23挙法は何を縛り、どうスルーしていくかなど選挙のさまざまを初めて知ったんですが、旧態依然としていますね。

相場 僕も知らなかった。取材をしたら、石器時代かということばかり(笑)。ネット選挙になっても、結局はドブ板(しらみつぶしに回ること)なんでしょうね。

◆地方議員が国会議員にたかってくるから、必要となる裏金とは


内藤麻里子

――そしてもう一つの驚きポイントは、選挙余剰金です。こんな使い方をしていたのかと。

相場 これについては、メディアや学者で専門に追いかけている人はたくさんいて、さまざまな資料があるんですよ。清和会(安倍派)の政治資金パーティーの話が出た時は、ここまで大きくなるとは思わなかったんですが、いろいろなルポを読んでいたら、地方議員がたかってくるから裏金は必要なんだよという話が出てきたんです。またやっちゃった、俺。ネタを拾っちゃったって(笑)。余ったら返納せよという法律がないのがおかしいんです。政治はある意味ビジネスになっているんですよ。

――それを見事に物語に織り込んでいらっしゃいますが、それにしても地方議員が国政選挙で担う役割に驚きました。

相場 僕も取材をしてびっくりしました。

――取材はかなりされたんですか。

相場 あまりしていません(笑)。参考文献からひっぱってきたのと、偶然、高校時代の後輩が市議会選挙に出たのでFacebookを見たりはしていました。

――物語は大和新聞社会部の敏腕記者、片山芽衣が選挙班に駆り出され、次々と経験したことのない局面に放り込まれていく。一方で、不審死した都議会議員の事件を選挙応援の間隙を縫って追う。この二つが鮮やかに結びつくんです。すごみのある物語を堪能しました。

相場 最初は死人はいなかったんですよ。プロットを送った段階で、担当編集者が「誰か殺しません?」とニコニコしておっしゃる(笑)。無茶ぶりに苦労しました。元鑑識の人が自費出版したような本をひっぱり出して調べたりして。でもそういうのは嫌いじゃない。

――主人公を三十四歳の女性記者にしたのはなぜですか。

相場 最近、男のキャラクターが多かったので(笑)。でもやっぱり三十代半ばの女性って、すごく迷いの出る時期です。この年頃の子たち、大変だと思う。記者時代の後輩の女性たちによく相談されるんです。上司がバカで、女性たちがどれほど苦しんでいるか。いざ結婚して、子どもができたらキャリアはどうするのか。結婚しなければどうなのか。生の声を聞いているので、女性の働きにくさを描きたかったというのはあります。

――相場作品は、いつも世の中のひりひりした先端を物語にします。今回も選挙を描く中で、歌舞伎町のホストクラブなどの悪質営業に対する浄化作戦もエピソードとして絡んできます。

相場 貧困問題に詳しいノンフィクション作家の中村淳彦さんが、歌舞伎町で起きることは二年後、三年後、五年後には全国に広がると言っているんです。僕は東京に来て四十年ほどですけど、これまで見てきた中で歌舞伎町の治安は、今が体感的に一番悪いです。貧乏人同士でむしり取り合うビジネスモデルができている。歌舞伎町は問題を先取りしています。生の声を聞くとすごくリアルですよ。実際に浄化作戦が始まったので、ヤバイ店は新大久保や高田馬場に移っています。試しに行ってみたら、まあ、ぼられたぼられた(笑)。だから歌舞伎町の話は絶対入れたかったんですよ。

――改めてうかがいますが、今、選挙についてお書きになったのはなぜですか。

相場 次期衆院選がいつあってもおかしくないというベースがあって、その中で投票率が実に悪い。本書を読んで、「(投票に)行かない」という人もいるでしょう。「おかしいじゃないか。出口調査、絶対協力しないぞ」という人もいるでしょう。でも、投票に行く人が増えたらいいなという、かすかな願いを込めて、書かせていただきました。

【著者紹介】
相場英雄(あいば・ひでお)
1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。12年BSE問題を題材にした『震える牛』が話題となりベストセラーに。13年『血の轍』で山本周五郎賞候補および第16回大藪春彦賞候補。16年『ガラパゴス』が、17年『不発弾』が山本周五郎賞候補となる。他に『トップリーグ』『トップリーグ2 アフターアワーズ』『キッド』『アンダークラス』『レッドネック』『覇王の轍』『心眼』『サドンデス』などがある。

【聞き手】
内藤麻里子(ないとう・まりこ)
文芸ジャーナリスト、書評家。

構成:内藤麻里子 写真:島袋智子

角川春樹事務所 ランティエ
2024年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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