『ユダヤ人の自己憎悪』
- 著者
- テオドール・レッシング [著]/田島 正行 [訳]
- 出版社
- 法政大学出版局
- ジャンル
- 哲学・宗教・心理学/哲学
- ISBN
- 9784588011580
- 発売日
- 2023/10/11
- 価格
- 4,400円(税込)
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『ユダヤ人の自己憎悪』テオドール・レッシング著
[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)
「過剰反応」自らの民族考察
なぜガザにいるパレスチナの人びとがここまで無残にも殺戮(さつりく)されねばならないのか。心底やるせない気持ちに襲われた人は多いのではなかろうか。
この本は、それに直接答えるわけではない。なにせ1930年に書かれたユダヤ人についての本である。しかし、ユダヤ人の側のやるせなさをユダヤ人自身が考察することで、それはいくばくかのヒントを与える。著者レッシングはユダヤ系ドイツ人。社会民主主義に傾く当代の論客だった。途上プロテスタントになったものの、反ユダヤ主義がはびこるなか、シオニズムに回帰した。のちにナチス信奉者に暗殺される。本書は遺作となった最後の主要著作であり、本邦初の翻訳となる。
それにしても「自己憎悪」とは穏やかでない。ときに日本人であることに誇りを感じ、あるいは逆に恥ずかしさを覚えることはあろう。英国人が食事や天気を指さして肩をすくめ「英国だもの、仕方ない」というとき、そこには愛に満ちたユーモアがある。仮に自分と自国を愛したいという気持ちがなかば自然にわいてくるとすると、みずからの民族を憎むという感情を理解するのは容易ではない。それは、今いる自分を形成した親、教師、集団、そして文化を否定することになる。
レッシングによれば、ユダヤ人は愛されない罪を引き受け、みずからのなかに原因を見いだす。降りかかる不幸は贖罪(しょくざい)として受け止め、いつか虐殺する相手すら愛そうとする。それは危険である。自分の拠(よ)ってたつ基盤が掘り崩されるだけでない。相手方に、ほらやっぱりそうだ、ご本人たちもそう言っているではないかと、差別、抑圧、殺戮の理由を与えるからである。
そのようなリスクを負い罪を引き受けているのに虐殺されるとき、彼らが感じる集団的フラストレーションは想像を絶するものとなろう。
理解を超える過剰反応の奥底には、おそらく言いようのないやるせなさがある。ユダヤ人理解――免罪ではなく――の一助に。田島正行訳。(法政大学出版局、4400円)