多視点で塗り重ねられた豊かな感情 語り口も見事な芥川賞受賞第1作

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共に明るい

『共に明るい』

著者
井戸川 射子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784065336489
発売日
2023/11/09
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

多視点で塗り重ねられた豊かな感情 語り口も見事な芥川賞受賞第1作

[レビュアー] 豊崎由美(書評家・ライター)

 小説の多くは、作品全体あるいは章ごとに視点人物を固定する。視点が頻繁に切り替わると、読みにくくなってしまうからだ。でも、世界は、本当は、無数の耳目によって把握され、その全体像を明確にしていくものではないか。昨年、『この世の喜びよ』で芥川賞を受賞した井戸川射子は、最新短篇集『共に明るい』で多視点という難しい試みに挑戦し、素晴らしい成果を上げている。

 コロナ禍のせいでやっと実現した高校の修学旅行。ところが暴風雨によって、隠れキリシタンの里として知られる上五島に渡る船の欠航が相次ぎ、港近くの宿泊施設に留め置かれている。そんな残念な状況を、向井と同室の〈彼〉をはじめとする生徒たち、引率する校長や教師たちといった大勢の視点を切り替えながら描く「風雨」。教師たちによる上五島のレクチャーや生徒たちが主体となったレクリエーションで、屋内での時間を実り豊かなものにしようとする様子が、特定の人物の狭い見聞によってではなく、広い視野から活き活きと目に浮かんでくるのだ。多視点によって生まれるポリフォニック(多声的)な語り口も見事で、とりわけ生徒たちの声がいい! いつまでもこの修学旅行につきあっていたいと思わせる親密な空気を、多視点の記述が醸成している名篇と思う。

 路線バスの中で我が子に降りかかった悲劇を問わず語りする女性を、〈誰か〉たちの目が映し出す表題作。子供を産んだばかりの女性と小学生の少年の淡交を双方の視点から描く「野鳥園」。電池の筒の点検作業をしている〈彼〉をはじめとする派遣バイトの面々のお喋りから、阪神・淡路大震災の記憶が浮かび上がってくる「池の中の」。ダメ男に都合のいい女扱いされている〈私〉の物語「素晴らしく幸福で豊かな」以外の4作品はすべて多視点。複数の視点によって描き出される光景や、そこで生まれる感情が単一視点よりも豊かになることをよく伝える好短篇集だ。

新潮社 週刊新潮
2023年12月21日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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