<書評>『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』川出正樹 著
レビュー
『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション』
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<書評>『ミステリ・ライブラリ・インヴェスティゲーション 戦後翻訳ミステリ叢書探訪』川出正樹 著
[レビュアー] 千街晶之(文芸評論家・ミステリ評論家)
◆マニアもうなる博捜ぶり
ミステリ研究の世界で、労作という言葉がこれほど相応(ふさわ)しい書物も珍しい。それも、一生に一、二冊出せるかどうかというレヴェルの労作だ。本書は、戦後に編まれた翻訳ミステリの主な叢書(そうしょ)を、収録作の評価、編纂(へんさん)意図の掘り下げなどとともに紹介した、前代未聞の一冊である。
本書には「戦後七十八年間に編纂された翻訳ミステリの叢書・全集は全部で百近くある」という記述があるが、著者はその中から代表的・画期的なものをピックアップしてゆく。
日本出版協同の「異色探偵小説選集」、六興・出版部の「六興推理小説選書<ROCCO CANDLE MYSTERIES>」、東京創元社の「クライム・クラブ」等々、年季の入ったミステリマニアには知られた叢書の紹介から入っているが、特に著者の評価が高いのが、選者・植草甚一の時代に先駆けすぎた選球眼が光る「クライム・クラブ」で、紹介する筆致もノリノリだ。こうした叢書を紹介するにあたって、著者は個々の作品にとどまらず、同じ作家の他の作品群や、叢書が生まれるに至った背景などにも言及してゆく。どれだけの読書量と知識と調査を費やせばそのようなことが可能になるのか、気が遠くなる思いである。
そんな著者の博捜ぶりが頂点に達したのが、相当なマニアでもあまり注目したことがない筈(はず)の、日本文芸社の「世界秘密文庫」を紹介した章だ。なにしろこの叢書、翻訳者名のみ奥付にあって原著者の名がなく、珍しく原著者が記されている巻でもその名前が出鱈目(でたらめ)-という、今ならあり得ない編纂方針で貫かれているのだ。こんな得体の知れない叢書相手に、著者はかなりの巻の原著者(意外な大物作家が含まれている)・原題を突きとめてみせたのだから感嘆する他はない。
情報量が豊富であるのみならず、各作品が現代の読者が読んでも楽しめるかという点にも気を配った本書は、世代を超えた幅広いミステリファンに向けてミステリの娯(たの)しさを説いているのだ。
(東京創元社・3520円)
1963年生まれ。翻訳ミステリーを中心に文庫解説や書評などを執筆。
◆もう1冊
『翻訳万華鏡』池央耿(ひろあき)著(河出文庫)。名訳者のエッセー集。