「小指と薬指の半分を欠損した中学生」が傷つき足りないかのように暴走…満場一致の文藝賞受賞作!

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無敵の犬の夜

『無敵の犬の夜』

著者
小泉 綾子 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309031590
発売日
2023/11/22
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

夢の見方もわからない無鉄砲な令和の「坊ちゃん」

[レビュアー] 佐久間文子(文芸ジャーナリスト)


夢も自分の言葉も持たなかった中学生が…(※画像はイメージ)

 暴走する少年の熱に圧倒される。どこへ向かうのか、何を目指すのか、まったく先が見えないまま、ただただ熱だけが伝わってくる。向こう見ずで無鉄砲な令和の「坊っちゃん」が、憑かれたように走り続ける。

 北九州で暮らす中学生の界は、四歳のときのケガで、右手の小指と、薬指の半分を失っている。

 界のいる狭い世界で、指の欠損は弱みになる。若い教師は目ざとくそこを突いて、界を故意に傷つけ、界から復讐される。指を見て何を言うかで、界は、相手がどういう人間かを知る。弱みは、彼が世界を見る窓の役割も果たしている。

「バリイケとる」高校生の橘に惹かれ、橘のために一面識もないラッパーを襲撃しに深夜バスで東京に向かったりするのも、おそらく「イケとる」以上に橘が彼の指を見たとき他の人間と違う反応を見せたからで、襲撃相手のラッパーに会ったときも、彼の指への反応を素早く見てとっている。

 祖母と妹と三人で暮らし、東京で働く母とは仕送りと電話だけでつながっている。中学を出た後、「鳶か親戚の畑手伝うか」「市内でキャッチ」ぐらいしか思いつかない界には、ファッションか音楽の仕事がしたいという橘や、界のことが好きらしい田中杏奈とは違って、東京へ出たいという気持ちもない。そもそも夢の見方がわからない。

 夢も自分の言葉も持たなかった界だが、橘とのやりとりや、杏奈と気持ちがすれ違うなかで、少しずつ、自分について知り、言葉をつかみとっていく。

 東京から北九州へ戻る高速バスに乗ったものの、界は途中下車してそのまま行先のわからない旅を続ける。何ひとつ成果を得られなくても、すぐに破局を迎えるとわかっていても、まだまだ傷つき足りないかのように、暴走を止めない。

 満場一致による本年度の文藝賞受賞作。

新潮社 週刊新潮
2023年12月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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