効率主義は近い未来に顧客を失う。人口減の日本において必要な人材とは? ビジネス書作家が小説を通して伝えたいこと

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それでも会社は辞めません

『それでも会社は辞めません』

著者
和田裕美 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575526981
発売日
2023/10/11
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

多様性を謳うのに評価基準は古いまま。人口減の日本でこのままだと会社は存続しないのでは。ビジネス書作家が社会を見つめて描くお仕事小説 『それでも会社は辞めません』和田裕美氏インタビュー

[レビュアー] 双葉社


和田裕美氏

著作累計230万部を超えるビジネス書のカリスマ・和田裕美氏が満を持して上梓した新作は、なんとお仕事小説! 人材派遣会社を舞台に、新入社員の初芽が、パワハラやセクハラの横行する会社にメスをいれていく奮闘記だ。社会で働く意味とは? いつかきっと、人生は逆転できると勇気をもらえる一冊だ。和田氏に本作を描くきっかけ、そして現代社会のビジネスへの思いを伺った。

***

■効率を求めすぎることで、近い未来にたくさんのお客さんを失うことにつながる。これから会社にとって必要な人たちとは?

──和田さんの小説第一作『タカラモノ』は親子の物語でしたが、2作目で「会社」を舞台にしたお仕事小説を執筆したきっかけはなんですか?

和田裕美(以下=和田):最初は双葉社の担当編集、田中さんに「次はお仕事小説でも」と提案されたのがきっかけです。ただ、いざ書くとなったときにこれからは働き方が変わるのではないか? というか、変わっていく必要があるのでは? という思いを物語に投影しようと決めました。結果主義、生産性だけでは人の心は癒されないと強く思っていたからです。

──この作品を作るときに、苦労したポイントや、書いていて楽しかったシーンなどがあれば教えて下さい。

和田:わたしが生きている現実のビジネス世界はまだまだ、効率、生産性、スピードが重要とされています、ビジネス書もしかり。つまり、小説の内容はわたしの理想であって、現実は真逆です。器用ではないので、毎日のメルマガを書いたり、講演したあとに小説を書く──となると、脳の発想を変える必要があるのですが、なかなか切り替えることができなくて、それがなにより私を悩ませました。けれど、年齢も性別も違う登場人物の心情を想像して言葉にする作業は、そんな悩みを吹っ飛ばすほどいつもわくわくさせてくれました。

──主人公の初芽が“AI推進部”という、会社の「使えない社員」ばかりが集められた部署に異動するところから物語が始まります。ビジネス書を数多く手がけてきた和田さんが、AI推進部メンバーのような“スポットライトの当たらない人物”を主人公にしたのはなぜですか?

和田:生産性ばかりが問われる社会では、そのルールにそぐわない人たちは「仕事ができない」と決めつけられてしまうことへの疑問がまずありました。人はみんな違う、それぞれの成長スピードも価値観も違う。多様性を声高に叫ぶわりに評価基準だけ古いままだと人口減のこの日本で会社って存続しないのではないか? と思っています。

これから大切にしないといけない社員は、末長く会社のファンになってくれるお客さんを作れる人たちです。それを伝えたいと強く思ったんです。この日本にはもう、あまり時間がありませんので。

──ビジネスの社会では常に競争を強いられますが、本作ではそれに対して抗う行動をとるような、利他的な優しさを持つ人々が描かれています。「効率の良さ」と「人への思いやり」を、和田さんはどのようなバランスで実践していこうと考えていますか?

和田:おそらく読んだ方のなかには「こんなのはきれいごと」と捉える人も多いかと思います。現実的にはそうでしょう。生産性を上げて売り上げを伸ばさないと企業が存続できないことはみな理解しています。

けれど、しだいに社会は変化していきます。効率を求めすぎると心のこもった対応に割く時間は皆無となります。それは近い未来にたくさんのお客さんを失うことにつながるのです。だからこそこれから会社にとって必要な人たちは効率主義ではなく、時間がかかっても目の前の人を幸せにしたいと思っている人たちだと考えます。

■仕事が「好きじゃないけど、楽しい時もある」という瞬間を持つことで、次のステップへのドアが開く

──初芽は会社の外で、アクアショップを営む大森という人物と出会い、「外から見る視点」を獲得していきます。物語を通して初芽はどんどん成長していきますが、彼女の強さはどんなところにありますか。

和田:初芽は、最初のうちは水槽の「中」にいる人でした。だから溺れて呼吸困難になっていたのです。

しかし、大森との出会いによって、水槽を「外」から眺める方法を学びます。

そうして、全体を見渡すことで怖がっていたことの本質を知り、次第にちっとも怖くなくなっていく。それが圧倒的な彼女の強さですね。

──「会社を辞めたい」と思っていた初芽は、次第に考え方が変わっていきます。「今いる環境から離れたい」「仕事を辞めたい」と思っている読者も多いかと思いますが、そういった方々にメッセージがあればお聞きしたいです。

和田:今は売り手市場で、仕事はたくさんあります。転職もしやすい世の中です。だけど、転職したからといって前職が余程のブラック企業でもない限りはすべての問題が解決することは滅多にありません。苦手な人はどこにでもいるし、自分の能力が転職だけで伸びるはずもない。

目の前のことをもっと掘り下げていけば、まだ学べることがある、そこにもしかしたら
天職といえるものがあるかもしれない。逃げたらいいというフレーズが流行っていることに対して「ほんとうにみんな逃げていいの?」とわたしは問いかけたいのです。

──本作を執筆して、和田さんの中で変化はありましたか?

和田:一作目は自分の経験から書き進めることができましたが、本作はすべてが創作です。物語を動かすために、どんな出来事を仕込むのか? それによってどんな心理になるのか? とひとつひとつ考える作業や、行ったこともない場所の描写など、手間と時間がかかる作業に根をあげそうになりました。

けれど、そろそろ書き上がりそうなときに編集の田中さんに「大変な山を登りました!これであとが楽になります」と励ましてもらい、「ああそうかわたしは登山できるように鍛えたんだ」と思えたんです。そのときに気がつきました。これはちょっと自分の人生を大きく変えてくれるくらいの“山登り”だったのだと。

──次作はどんなものを書いてみたいと思われますか?

和田:やっぱり、心が元気になる物語を書きたいです。そういうと、文学とは違うものになりそうですが……(笑)。わたしは「すかっ」したいし、感動したいし、ほっとしたいんです。

──最後に、これから読む読者へ、読みどころや楽しんで頂きたいところなどを教えてください。

和田:わたしたちの社会、そして会社。働くことが嫌になるほどの理不尽さはまだまだどこかにあるはずです。今回の小説で実際にいろんな現場で働く人を調べましたが、やっぱり「好き」で仕事している人より「生活のため」に仕事をしている人が多いんです。

きらきらした世界ばかりSNSでみていると自分が惨めになってちっぽけな存在に感じてしまうかもしれないけれど、自分の今やっていることだってきっと誰かを助ける、大切な仕事です。そんなちいさな幸せのかけらに気づいて「好きじゃないけど、楽しい時もある」という瞬間を持ってもらいたいです。あ、夢がない話をしているのではなく、そう思うことで次のドアが開くからです。

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和田裕美(わだ・ひろみ)プロフィール
小説家・ビジネス書作家。『世界No.2営業ウーマンの「売れる営業」に変わる本』を上梓しデビュー。『成約率98%の秘訣』『人に好かれる話し方』『和田裕美の営業手帳』など著書の累計は230万部を超え、メディアにも多数出演。自身の生い立ちをモチーフにした初の小説『タカラモノ』(『ママの人生』を改題)は大きな反響を呼び、舞台化に。2冊目の小説となる本作は、ビジネス書とはまったく違う価値観で、「働くこと」「生きること」の価値観を掘り下げていく注目作。

COLORFUL
2023年11月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

双葉社

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