「労働の常識」に待ったをかける! 仕事と人生の関係を考え直すキッカケになる作品

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私労働小説 ザ・シット・ジョブ

『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』

著者
ブレイディ みかこ [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041117156
発売日
2023/10/26
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

それでも会社は辞めません

『それでも会社は辞めません』

著者
和田裕美 [著]
出版社
双葉社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784575526981
発売日
2023/10/11
価格
836円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

[本の森 仕事・人生]ブレイディみかこ『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』/和田裕美『それでも会社は辞めません』

[レビュアー] 吉田大助(ライター)

『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』などの著作で知られるブレイディみかこが、ノンフィクション(エッセイ)から、フィクション(小説)へと活動の場を広げつつある。三作目となる『私労働小説 ザ・シット・ジョブ』(KADOKAWA)は、初めての短編集にして初めての私小説。過去作のように起伏に満ちたストーリーを紡ぐのではなく、自身の分身を主人公=語り手に据え、人生で体験したさまざまな労働の現場をデッサンしている。

「第一話 一九八五年の夏、あたしたちはハタチだった」は、日本を脱出しロンドンへ旅立つために、中洲のクラブと天神のガールズパブを掛け持ちして働いていた頃の物語だ。同僚の女の子たちはみんな何かになりたがっていた。幸せになりたがっていた。そのためには、金が必要だった。〈失礼を売り、失礼を買う。失礼は金になるのだ〉〈お金を貯める仕事をしている間、あたしたちは死んでいた〉。やがてあたしは憧れの地へ旅立ち、その後もロンドンと日本を往復する日々が始まる。稼ぐためには「死んでいる時間」がどうしても必要で……とは、本当か? 誇りや主体性を持ったまま、気持ちよく働くやり方もあるのではないか? そうした「あたし」の逡巡の中から現れる気付きが、全六話それぞれの物語の出口となっている。なにせ著者はノンフィクションライターの頃から、パンチラインの名手。労働と人生の関係を考え直す、契機となる言葉と必ず出会えることだろう。

『それでも会社は辞めません』(双葉文庫)は、ビジネス書作家として数々のベストセラーを送り出してきた、和田裕美の手によるお仕事小説だ。物語の舞台は、人材派遣会社の「AI推進部」。表向きは業務のIT化を促進する部署と言われているものの、〈実際のところ、AIにとって替わられる人たちの部署〉。要は、「お荷物」という烙印を押された人々が集まる部署だ。

 例えば、全編においてキーパーソンとなる新卒社員の福田初芽。太鼓判を押してメーカーに勧めた派遣社員の女性が、不当解雇の訴えを起こし、損害賠償を請求してきた。その際、初芽がメーカーではなく派遣社員の側に加担したため、怒った先方に会社の全ての契約を打ち切られてしまったのだ。その後も一話ごとにフォーカスする社員が変わり、彼らがなぜ「お荷物」とされてきたかが明かされていく。確かに「お荷物」という評価は、人間を数字として表す、生産性や効率といった指標から見れば正しいのかもしれない。しかし、生産性がなく非効率な、「目の前にいる人」を大事にする彼らの仕事ぶりには、数字に表れない価値が宿る。その感触が積み重なっていった最終第七話で、予想だにしなかったサプライズが発動する。

 その展開は、紛れもなく小説家の発想だ。と同時に――多様性とは可能性であり、会社の未来を作る。そのメッセージが、絵空事とは感じられないはずだ。

新潮社 小説新潮
2023年12月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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