節度を失わない言葉の交換寄り添う人間性と洞察力 信頼と敬意の往復書簡集

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節度を失わない言葉の交換寄り添う人間性と洞察力 信頼と敬意の往復書簡集

[レビュアー] 北村浩子(フリーアナウンサー・ライター)

〈滝口さんへ/往復書簡をやりませんか?〉

『さびしさについて』は、写真家の植本一子から作家の滝口悠生へのそんな呼びかけから始まる。元々は『ひとりになること 花をおくるよ』のタイトルで自費出版されたものだ。2021年11月から翌年4月にかけて二人が交わした8往復の手紙に、文庫化に際して2023年に送り合った手紙を書き下ろしとして加えている。

 娘たちとの暮らし、パートナーとの関係、亡くなった夫にまつわる記憶、家族や結婚という枠組み。植本さんが打ち明ける個人的なできごとや思い出を滝口さんは真摯に受け止める。一方、ちいさな子供の成長や家事という終わりのない営みなど、滝口さんが綴る日常とそこから生まれる思考を、植本さんは自らに重ね合わせて返事を書き送る。気安いけれど節度を失わない言葉の交換。相手の状況に寄り添う人間性と洞察力、そして二人の関係そのものにも胸打たれる。

 女性と男性が手紙のやりとりをする、という設定だけで小川洋子堀江敏幸が織り上げた『あとは切手を、一枚貼るだけ』(中公文庫)は、かつて愛し合った「私」と「ぼく」の時間が浮かび上がる哀しく美しい物語。〈まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです〉と告げる「私」の一通めの手紙から遠く、思いがけない場所へ世界が延びてゆく。ベテランが本気をぶつけ合った密度の高い文章にいつまでも身を浸していたくなる。

 染織家の志村ふくみと作家の石牟礼道子の共著『遺言』(ちくま文庫)は、2011年から2013年にかけて交わされた手紙と、2回の対談を収録した一冊。志村さんの娘・洋子さんの解説によると、二人が知り合ったのは50歳を超えてからだった。天草四郎を題材にした石牟礼さんの新作能「沖宮」の衣装を志村さんが手がけることになり、その構想から話が広がる。信頼と敬意を介した会話は、この国に対する厳しいまなざしを包含しながらも和やかさと楽しさをもち、言及されるさまざまな色への興味を読者に起こさせる。

新潮社 週刊新潮
2024年4月4日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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