『口の立つやつが勝つってことでいいのか』頭木弘樹著

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口の立つやつが勝つってことでいいのか

『口の立つやつが勝つってことでいいのか』

著者
頭木弘樹 [著]
出版社
青土社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784791775996
発売日
2024/02/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『口の立つやつが勝つってことでいいのか』頭木弘樹著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

小さいからこそ届く「声」

 美術館や映画館で会話をしている人が、どうしても気になってしまう。一応は周囲に気を遣っているつもりなのか、彼らはできるだけ小さな声で囁(ささや)く。それこそがかえって気になるのだ。ほとんど子音だけになったヒソヒソ声が、チクチク耳に刺さる。とにかく鬱陶(うっとう)しくてまったく作品に集中できない。

 これと同じ効果を実に上手(うま)く使っているのが本書だ。ここに書かれている言葉は、どれも小さな声で読み上げたくなるものばかりで、だからこそ信用できる。世間に響き渡る大きな声を逆手に取り、囁くように語りかけてくる声。美術館や映画館の声と違い、そこには後ろめたさの欠片(かけら)もなく、小さくてもハッキリ聞き取ることができる。どれも心の奥にストンと落ちて、ただ読んだだけで、今まで言えなかったことが言えたような気になるのが不思議だ。

 どうしても言葉にならない気持ちは絶対にある。普段言葉を使って表現をしているからこそ、強くそう思う。気持ちを言葉にするというのはある種の諦めでもあって、言葉にした時点で、今度は言葉にならなかった気持ちが生まれる。いつもちゃんと言える人の言葉ばかりが伝わっていくけれど、声に出して言えなかった人の気持ちも間違いなくそこにあるのだ。

 どれも素晴らしくて、ここで引用したい文章は山ほどある。でもそれらはあまりに小さく、繊細で、触れると壊れてしまいそう。だから小さな声に耳をそばだてるように、ページをめくってじっくり読む。そこには、今まで言えなかった数々のことが書かれている。

 「聴く耳」というのは、テレビで言うところのチャンネルだ。地上波のみならず、BSやCS、YouTube、様々な動画ストリーミングサービスなど、ありとあらゆる動画が見られる今だからこそ、もっと自分ならではの「聴く耳」を持つべきだ。そのことを、声を小にして囁きたい。(青土社、1980円)

読売新聞
2024年5月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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