「学園」の種族間に渦巻く感情は差別か共感か――重厚「動物」ドラマ『BEASTARS』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第29回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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動物の楽園を通し現代のディストピアを描く
『BEASTARS』板垣巴留

 アメリカ合衆国の第45代大統領に実業家出身のドナルド・トランプ氏が就任したのをきっかけに、ジョージ・オーウェルが1949年に発表したディストピア小説『1984年』が売れているそうだ。世界が3つの超大国に分断され、市民は当局から常に監視されているという作中の世界観が、就任と同時にトランプ大統領がすすめている、難民の受け入れ拒否や、イスラム教徒やヒスパニックの締め出し、といった強硬な政策を連想させる、ということらしい。
 もっとも、私には子どもの頃、石ノ森章太郎のコミカライズで読んだ同じくオーウェルの『動物農場』のほうが似ているような気がしてならない。農場主を追い出して自分たちの理想の農場を実現したはずの動物たちの中から独裁者が生まれてくるというストーリー。もともとはスターリン独裁下のソビエト連邦を風刺した作品なのだが、動物たちの理想郷は、アメリカ第一主義を掲げる政権のイメージに重なり、独裁者となっていくナポレオンという豚の姿がトランプ大統領に見えてくるのだ。
『動物農場』のように生き物を擬人化させて、世の中を風刺する作品には名作が多い。昨年ヒットしたディズニー・アニメ『ズートピア』も記憶に新しいが、なにより日本には『鳥獣戯画』からの伝統がある。
 今回紹介するマンガもそんな系譜のひとつ。板垣巴留(ぱる)の『BEASTARS』である。

 ***

 舞台になるのは動物たちが学ぶ全寮制の中高一貫校「チェリートン学園」。ここでは草食獣と肉食獣、さらには鳥類や爬虫類も一緒に学んでいる。当然のことながら肉食は重罪。学校内は3食とも食堂で食べる決まりになっていて、肉食獣に必要なタンパク質は豆や乳製品、タマゴで摂ることになっている。血の気の多い肉食獣同士の喧嘩もあるが、公共の場で牙をむくことは禁じられている。
 タイトルにもある“ビースター”というのは、「学校全体の統率を担い この世界の差別や恐怖を超越する 英雄的地位」のこと。歴代のビースターは卒業後もスポーツ選手や政治家としてこの世界を牽引する重要人物になっている。
 次代のビースターにもっとも近いポジションにいるのはアカシカのルイ。高等部3年の彼は演劇部の役者長でもある。しかし、マンガの主人公はルイではない。ハイイロオオカミのレゴシだ。17歳。高等部2年。彼も演劇部員だが美術担当の下っ端。見かけは凶暴そうだが、実は繊細。虫と遊ぶのが好きで、お芝居の中では悲劇が好き。話すときにも独り言のように静かに話すのが常だ。

 さて、演劇部には毎年の新入生歓迎公演に「アドラー」という演目を上演するという伝統がある。死神のアドラーがひとりの少女とともに彼女の死に場所を探す旅に出る、という物語で、最後はふたりの死で幕となる。アドラーを演じるのはルイだ。
 ある満月の晩、重要な役である水の精・オディーを演じるはずだったアルパカのテムが講堂で何者かによって殺害される。警察は、犯人は学校内にいる肉食獣と睨んでいた。学生たちからの疑いの目は当然レゴシにも向けられている。果たしてレゴシは肉食獣としての本能に逆らえずに罪を犯してしまったのだろうか?
 ストーリーは殺人事件の謎を追うミステリーの部分を縦糸にして、平和に見える動物たちの理想世界に潜む闇の部分に迫っていく。一方で、横糸になるのが学校内に存在する階層と差別構造の問題だ。草食獣は自分たちが肉食獣より優れていると考えている。そして、同じ草食獣の中にも、ルイのような希少種の高級獣とそれ以外の者たちの間には格差が存在する。これが、現実の人間社会にある貧富の差や、人種やジェンダーによる差別といった歪(いびつ)を反映させているわけだ。そして、擬人化することによって、内実よりも見た目で判断されてしまう矛盾点がわかりやすく描き出される。

 テムの代役には中等部2年のヤギのゾーイが抜擢され、ルイは夜の体育館でゾーイの特訓を決める。そして、ルイは夜間侵入が禁じられている体育館周辺の見張り役をレゴシに命じた。そして、その夜、レゴシは孤独なウサギ・ハルとの運命的な出会いを果たす……。
 暗闇の中で、お互いに自分とは違う種類の生き物がいると気づくふたり。本能の導くままにハルは逃げ、レゴシは<獲物>を追う。あの夜のレゴシもこうだったのか……? とうとう追いつき、ハルを背後から抱きしめたレゴシのバックに流れる「彼は彼で(ハルの気持ちが:筆者注)分かるどころか 苦しいほどの共鳴に襲われていました」というナレーションがとても心を打つ。

 おそらく、お芝居の中のアドラーと少女の物語は、ここからはじまるレゴシとハルの物語の伏線になっているのだろう。だとすれば、結末はレゴシが好きな悲劇ということになるのか。
 まだ単行本第1巻が出たばかりでそこまで決めつけてしまうのは、ちょっとまずい。むしろ、勝手な想像を交えながら、先を楽しみに待つのが正しいマンガ読みの態度というものだ。
 いずれにしても、先が楽しみなマンガがまたひとつ誕生したのは間違いない。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年2月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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