エンタメ ドラマなら最後の10分まで「十津川警部」が登場しない?! 西村京太郎「最大の問題作」とは

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西村京太郎さんと言えば、「トラベルミステリー」。この原作ばかりは、2時間ドラマ化は困難かもしれない

■人気シリーズの問題作

 007シリーズの映画『カジノ・ロワイヤル』といえば、いまでは多くの人が、2006年のヴァージョンを思い出すことだろう。ダニエル・クレイグが初めてジェームズ・ボンドを演じた同作は、従来よりもシリアスでハードなボンド像が話題を呼んだ。

 しかし、年配のファンは御存知のように、『カジノ・ロワイヤル』には1967年のヴァージョンが存在する。こちらは同シリーズのパロディのようなコメディ映画で、一種の「問題作」扱いとなっている。

 長く続く人気シリーズには、このような「問題作」あるいは「実験作」が含まれることがある。

■十津川警部、幻の歴史に挑む

 最近、文庫化された西村京太郎氏の『暗号名は「金沢」 十津川警部「幻の歴史」に挑む』もその1つといってもいいだろう。

 タイトルからおわかりのように、これは西村氏の代表作ともいえる「十津川警部シリーズ」の1作である。が、しかし……。警部にいつものような活躍を期待して本を開いた読者は、だんだん不安になっていくことは確実だ。

 なにせ「第一章 ポツダム宣言を知っていますか」を読み終えても、警部はまったく出てこない。1945年、敗戦直前の日米が描かれているのだ。

 まあそのくらいならば、珍しいことではない。「幻の歴史」に挑む、というのだから背景説明として、こういう導入なのだろう――そう思って読み進むと、第二章になっても警部は現れない。いや、さらに読み進めても警部が出現する気配はまったくない。

 第二次大戦の終戦を巡る、日米、そしてロシアの思惑が描かれるストーリーは、とても興味深いのだが、ここには警部が入り込む余地はない。

 おそらくこのあたりで、読者の多くは不安になりカバーを見るだろう。さらに一度見たはずの内容紹介を再確認するはずだ。

 しかしそれでも警部は現れない。

 いったいどういうことなのか、不安が頂点に達するあたりで、いやそれすら過ぎた境地を抱く頃に、ようやく警部が登場する。そして、従来とはまったく異なる「事件解決」に挑むこととなる。

 登場した十津川警部は、日本人が歴史を振り返る際に必ずぶつかる大きな問題、すなわち「日本はあの戦争で、いつ降伏すべきだったのか」というテーマに直面するのだ。

 そしてストーリーはさらにドラマチックに展開しはじめるが、ネタバレになるので詳細は割愛したい。普通の推理小説の域を超えた展開に、驚かない人はいないだろう。この原作ばかりは、2時間ドラマ化は困難かもしれない。

 このような大胆なストーリー展開にはきっと賛否分かれるところだろう。

 しかし、80歳を過ぎてなお、「定番」の展開に飽き足らず、ここまで大胆な小説を執筆する巨匠の創作意欲には感服せざるをえないはずである。

Book Bang編集部
2017年3月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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