養老孟司×名越康文「《話せばわかる》は大ウソです。」

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「なぜ、相手は自分をなかなか理解してくれないと思ってしまうのか?」
「なぜ、いつもあの人には話が通じないと思ってしまうのか?」
かつて『バカの壁』(400万部超)で大ヒットを記録した解剖学者の養老孟司氏と、心理学の専門家でありタレントとしても注目されている名越康文氏は、自分と他人には理解の「壁」が存在し、ときにそれが邪魔をしているのだと、最新刊『「他人」の壁』(SB新書)の中で語っている。ここでは、お二人の対談を引用しながら、こうした「他人の壁」と、どのように向き合ってよいのかを探っていこう。

他人を無理に理解する必要はない

「他人の気持ちを理解したい…」
「相手のことがわからない、どうしたら人を理解できるのか?」

 メールやブログ、LINEなどコミュニケーソツールが多岐に渡っている今は、コミュニケーションの頻度が高そうに見えて、かえって相手のことがわからなくて悩んでいる人が多いようである。

 この「相手を理解したい」「理解できるはず」という現代人の姿勢について、養老氏と名越氏は次のように語る(以下、敬称略)。

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養老:僕に言わせると、なんで(相手を)わからなきゃいけないのかという話なんですけどね。わからなくたって、お互いがぶつからなければいいだけなんですよ。自分はこっち行くけど、あなたはあっちへ行く。そういうことでまったく問題ないし、人ってそういうものだと思いますけどね。

名越:要するに、養老先生とすれば、わからなくてもいいから、同じ方向へ行ってぶつからないように、少し調整するということですか。

養老:ポイントは実はそこだけ。相手が出しているサインのようなものがいくつかあるはずなんで。それだけ押さえておけばいいんです。「あ、これが出たときは話しかけないほうがいいかな」とか、「今は近づかないほうがいいな」とかね。だって、本当に他人をわかろうなんて思ったら、えらい大変なことになってしまいますよ。僕なんか女房と、何十年一緒にいるかわからないけど、いまだに全然わからない。猫を飼っているけど、猫のほうがわかるかもしれない。けっこう喋りますからね、うちの猫は(笑)。

(『「他人」の壁』より)
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 このように、相手を無理してわかる必要はなく、さらにお二人は、「それは本質的には相手を理解することはできないという意味でもあって、そのことがわかれば、かえって折り合いがつくこともある」としている。

お互いがわからないのは前提が違うから

 結局、相手の全部をわかろうとしたがる、あるいは全部を理解できると思ってしまうがゆえに、悩んでしまう私たちの問題に行きつくわけだが、はじめから「わからないもの」だと思えば、人間関係はかなり楽になるだろう。

 相手のことがわからない理由について、前提の違いという観点から、次のように語っている。

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養老:「わかる方法」じゃなくて「わからない理由」を先に言ってしまうと、多くは前提が違うからです。前提が違う人に、いくら言葉を投げても、相手に刺さるはずがない。人は前提の違う話をされると錯乱するんですよ。猫が苦手な人に、猫のおもしろさを延々と語っても永遠に伝わらない。なんでこの人、せっかくこんなに話をしているのに、言葉を尽くしているのに、反応が薄いんだろう、こっちの言っていることが心に刺さらないんだろうって。当たり前なんです。猫に関する前提が根本から違うんだから。(中略)

名越:お互いの前提が違うということを確認しないまま、論争の部分だけでやりあっても、10年議論してもほとんど一致しない。

(『「他人」の壁』より)
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 話がかみ合わないことは日常よくあることだが、その多くは、前提の違いにある。違うという認識がないままいくら議論を重ねても、10年、20年経っても理解できなのは必定だ。

 一方で、この程度なら通じるはずだという前提でつい話をしがちである。「通じるはず」と思っていたら、結局相手は何も理解していなく、がっかりさせられたり、ときに怒りを覚えたりすることすらある。「通じるはず」というのは実は思い込みであり、このことをわかっていないがゆえに、大きな悲劇を招いた経験は誰にでもあるだろう。

「通じるはず」は思い込みだ

 「前提」というのは氷山にたとえて言うなら、水面下にあたる部分であり、お互いその部分は見えていない。「通じるはず」という錯覚が生まれる原因について、氷山を例に次のように語っている。

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養老:要するに、(中略)意識の一番上のほうに出た上澄みの部分だけで議論をやっているわけだから、その下に隠れている前提となる部分というのは、実はお互いにわからないんです。ところが、上の部分だけ見ているから、「通じるはずだ」と思ってしまっている。

名越:氷山の一角同士でやりとりし合っていれば、通じ合うはずがない。それなのに通じ合わないから「あれ、なんでだ」となる。これはものすごく大きな壁ですよね。

養老:そうでしょう。てっぺんの針先だけ合わせようとしているんだから、針先なんてなかなか合わない。なのに、お互いが針先ごときしかわかっていないという自覚がないから、自分はぜんぶわかっていると思っている。

名越:意識されていない広大な前提の部分が違っているのに、その前提が違うということを考えないで議論してもわかり合えるはずがないと。

(『「他人」の壁』より)
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 前提が違うというのは、言葉の意味にも当てはまり、たとえば同じ「暑い」という言葉でも、大人と子供、都会の人と田舎の人とでは、意味が違ってくる。

 お二人は、前提というのは相手には見えないことであり、それはなかなか理解できないということに早く気づくことが大事であると語っている。

 SB新書『「他人」の壁』では、ほかにも人生、死、宗教といったテーマから、AIや反グローバリズムといった時事的なテーマまで取り上げ、お二人のそれぞれの専門である唯脳論と仏教心理学に言及しながら、理解することの本質についてウィットに富んだ議論を進めている。

 読み進めれば、“自分”と“自分以外の存在”を正しく認識し、物事の本質を正しく捉えるためのヒントが得られるはずだ。

SBCrOnline
2017年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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