手塚治虫生誕90周年記念・第1弾 『新選組』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第66回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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手塚治虫生誕90周年記念・第1弾
幕末を舞台に若者の友情と葛藤を描く

『新選組』手塚治虫

11月3日は、1989年2月9日に亡くなったマンガ家・手塚治虫の誕生日。生きていれば89歳を迎えたはずで、来年はいよいよ生誕90年。これに向けて「手塚治虫生誕90周年」と銘打ったアニバーサリー・イヤーが始まる。復刻やムック本の出版や関連イベントが続々と予定されているそうだ。
 このメルマガも、11月は生誕記念月間として、集中的に手塚作品を取り上げることにしようと思う。
 400巻を超える全集も出ている手塚マンガの膨大な作品群からどれかを選ぶのはなかなか難しいのだが、今回取り上げることにしたのは、時代劇の『新選組』である。

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 決してヒット作ではないが、のちのマンガ家たちに影響を与えたという点では極めて重要な作品だ。たとえば、萩尾望都は、このマンガとの出会いがマンガ家を志すきっかけになった、とさまざまなところで発言しているし、秋本治は、手塚治虫文化賞特別賞の授与式後に行われたくらもちふさこ(マンガ大賞受賞者)とのトークイベントで、コダマプレスから刊行された『新選組』最初の単行本を手に、熱くその魅力を語った。ほかにも、手塚治虫の隠れた名作として評価し、影響を受けたと語るマンガ家は多い。

 舞台は幕末の京都。勤王、佐幕が入り乱れ、京の町には血の雨が降っていた。そんな中、傷を負って家に逃げ込んできた侍を匿ったために、土佐訛りの男に父親を殺された深草丘十郎(きゅうじゅうろう)は、仇を討つために新選組に入隊する。
 親や兄弟の仇討ちのために主人公が新選組に入るという設定は、今でも幕末物マンガの定番になっていて、これだけでもその後のマンガに与えた影響の大きさがわかる。
 新人隊士として日々厳しい稽古に打ち込む丘十郎と親しくなるのが同期入隊の鎌切大作だ。剣術の腕前は先輩たちも一目置くほどだが、シニカルな性格。そのくせ甘いものが大好きで、おしるこを何杯でも食べるという特技(?)の持ち主。やがて意気投合したふたりは無二の親友になっていく。
 お馴染みの近藤勇や土方歳三、沖田総司、芹沢鴨といった隊士の面々や、坂本龍馬、勝海舟ら歴史上の人物も登場して丘十郎に絡むが、あくまでも彼らは脇役。メインになるのは丘十郎と大作の友情と、仇討を果たすことに青春をかけた丘十郎の心の葛藤だ。
 ギャグやパロディ要素もふんだんに取り入れられているから、幕末のリアルな歴史ドラマや新選組隊士の人間ドラマを期待すると肩すかしを食らうかも知れない。でも、面白いマンガだということだけは保証できる。

 ある日、丘十郎は芹沢から新選組の中に潜む長州のスパイ掃討の見張りを命じられる。その夜、掃討を逃れたスパイ・松永主計を発見した丘十郎は、松永を斬ったが「おれを殺すとおれの子が命を狙うぞ」という言葉に、同じく親を殺された身として苦しみ、松永を逃してしまう。瀕死の松永は「てきは深草丘十郎」と書き残して絶命。丘十郎は松永の娘・八重から父の仇として命を狙われる立場になる。八重に同情しながらも、生きて父の仇をとらなくてはならない丘十郎。
 正義と悪は表裏一体のものであって、立場や見方によって、悪が正義になることも、正義が悪になることもある。だから、正義のための戦争や殺戮は存在しない、という手塚マンガの重要なテーマが、ここにもはっきりと描かれている。
 大作や沖田、坂本龍馬たちの「仇討はやめろ」という忠告にも耳を貸さず、ついに仇を取った丘十郎。しかし、喜びはなく虚しさだけが残ったのだった。
 そんな丘十郎に土方歳三は新たな任務を与えた。それは……。

 本作が発表されたのは、集英社の月刊誌『少年ブック』の1963年1月号~10月号。まだまだ少年マンガでは勧善懲悪ものが主流を占めていた時代だ。葛藤する主人公の姿は、萩尾たちの心を打ったにもかかわらず、子どもの読者には理解されなかったようだ。あまり評判にはならないまま、連載は池田屋事件までで打ち切りとなってしまう。手塚は、明治維新前後まで描くつもりだった、という。
 最後まで描ききってほしかった、という思いはあるが、非常に良くまとまった作品になっているのは怪我の功名かもしれない。
 手塚はこののち、1981年4月から86年12月にかけて、手塚家の先祖にあたる蘭方医・手塚良庵(のちに父の名を継ぎ良仙)と常州府中藩士で江戸詰めの若者・伊武谷万二郎を主人公に、幕末の日本と日本人の生き様を克明に描いた『陽だまりの樹』を連載している。芹沢鴨、土方歳三らは浪士組隊士として登場するし、勝海舟や坂本龍馬も登場するので、比較してみてもおもしろいだろう。時代的には、幕末から西南戦争(明治)まで描かれているので、『新選組』で描けなかったものもここには盛り込まれているはずだ。併読をおすすめする。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年11月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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