手塚治虫が絶筆で描いた「日本人」の姿――『グリンゴ』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第70回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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手塚治虫生誕90周年記念・第5弾
ムラ的縦型社会から追われた「日本人」の行く末は
『グリンゴ』手塚 治虫

 手塚治虫生誕90周年スペシャルも今回が最終回。取り上げるのは、手塚の絶筆のひとつ『グリンゴ』だ。

 手塚が腹部に痛みを覚えて、東京の半蔵門病院に入院したのは、1988年3月15日のこと。1月には、「戦後漫画とアニメ界における創造的な業績」により朝日賞を、また、前年12月に完成させた実験アニメ『森の伝説』第1楽章で、毎日映画コンクール大藤信郎賞を受賞。『ビッグコミック』の『グリンゴ』、『週刊朝日ジャーナル』の『ネオ・ファウスト』、『コミック・トム』の『ルードウィヒ・B』の連載3本(いずれも未完)を抱え、エッセイの執筆や対談なども目白押し、という超多忙な中での入院だった。
 手術は3月17日に行われ、5月12日には退院。この間、埼玉県新座市に手塚プロダクションの新スタジオが完成して、手塚の仕事場も高田馬場から新座に移された。
 再び仕事に復帰した手塚だったが、10月3日に再入院。それでも、病室で連載の執筆を継続し、11月には仮退院して、準備段階から関わっていた第1回上海国際アニメーションフェスティバルの国際審査員をつとめるために上海に。その後、北京にも足を伸ばすなど10日間の予定をこなした。
 再手術は12月5日に行われ、術後の手塚は翌年の新連載やアニメの製作に意欲を燃やしていた、という。
 しかし、翌89年2月9日、手塚治虫は帰らぬ人となった。死因は胃がん。60年と3ヶ月の生涯だった。

 さて、『グリンゴ』は、『陽だまりの樹』に引き続き『ビッグコミック』87年8月10日号から89年1月25日号に連載された。
 6年間にわたって続いた『陽だまりの樹』が幕末に生きた人々の人間ドラマを描きながら手塚家のルーツにも迫るという内容だったのに対し、本作は「日本人そのものを見つめる」ことがテーマ。当初は『日本人』というタイトルが考えられていた。

 主人公の日本人(ひもと・ひとし)は大手商社・江戸商事の社員。35歳。もともとアマチュア相撲で活躍し、関取をめざしていたが身長が足りないために断念。雑役係として相撲部屋で働いているところを江戸商事の現専務・藪下に拾われる形で会社に入り、めきめきと頭角を現した。妻はフランス系カナダ人のエレン。茶道を嗜むほど日本文化に精通し、日本人以上に日本的な女性。ふたりの間にはルネという6歳の娘がいる。
 物語は、南米・リドの商業都市・カニヴァリアに新任支社長として日本が赴任してくるところからはじまる。カニヴァリアは高層ビルが立ち並ぶ大都市だが、一歩中心部を離れればスラム街が広がり、失業者たちは日本人(にほんじん)に強い敵対心を持っていた。
 江戸商事が日本を送り込んだ目的は、リドのミントスモアス州の奥地・クアチングァで発見されたレアメタルの権利を極秘裡に手に入れることだった。しかし、赴任早々、日本をとんでもないアクシデントが襲った。後ろ盾でもあった藪下専務が失脚したのだ。
 ライバルの常務一派の追い落としにあった日本は、サンタルナ共和国にできたばかりのエセカルタ支店に左遷されることになった。サンタルナは政治的に不安定な貧しい国で、地方はゲリラの支配下。日本という国や、日本人のことを知る国民も少なかった。
 苦境に立たされた日本は、現地採用の社員兼運転手で元ゲリラだったという鬼外カズ(おにがそとかず)の人脈を利用して、ゲリラと接触し彼らの協力を得てレアメタル鉱脈を発見する。しかし、新政府がゲリラ鎮圧に成功したことで逃亡を余儀なくされる。逃避行の果てに彼らがたどり着いたのは、太平洋戦争は日本の勝利、と信じ込む日本人移民が暮らす村だった……。

 日本独特のムラ的縦型社会の中で生きてきた男が、そこからはじき出されて、見知らぬ土地で文化も考え方も違う他民族と付き合わなければならなくなったとき、彼はどう考え、行動するのか? 手塚はそこから日本人(にほんじん)の本質が浮かび上がるのではないか、と考えた。さらに、外国人として日本社会に溶け込もうとして苦悶する妻・エレンを重ねることで、外から見た日本の姿を掘り下げようと試みたのだ。
 タイトルの「グリンゴ」とは「よそ者」を意味する南米の俗語だ。「日本人(にほんじん)」というアイデンティティを剥奪された日本(ひもと)は結局「グリンゴ」として生きるしかないのだろうか? これは私たち全体に突きつけられた問いでもある。

 作品が描かれたのはバブル経済の真っ最中。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という言葉が流布し、ニューヨークの一等地やハリウッドの映画会社を日本企業が次々と買収した時代である。もしも、あの日の私たちが手塚の問いをまともに考え、生き方を変えていたら、その後のバブル崩壊や「失われた10年」と呼ばれるような停滞は避けられたかもしれない。現在の企業の不正や過剰労働もなかったかもしれない……そんなことを考えながら、未完の遺作を読んだのだった。

中野晴行(なかの・はるゆき)

1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2017年11月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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