主人公は無敵の女性パイロット!『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』|中野晴行の「まんがのソムリエ」第76回

中野晴行の「まんがのソムリエ」

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誇りを胸に、華麗に複葉機を操る女性パイロット登場
『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』滝沢聖峰

 教えている留学生から質問を受けた。
「日本のマンガで、外国を舞台にしたキャラクターも外国人のものが多いのはなぜですか」
 聞かれるまであまり気にしていなかったのだけど、たしかに多い。学生時代に読んでいた少女マンガなんて、ほとんどの舞台がヨーロッパだったりアメリカだったりしたような気もする。少年マンガでは無国籍のものがいまでもたくさんある。日本ものもないわけではないが、外国人から見るとその比率の低さは不思議かも知れない。
 だからというわけでもないが、今回紹介する滝沢聖峰の『女流飛行士マリア・マンテガッツァの冒険』も舞台はヨーロッパ。登場人物もほとんど欧米や中東の人々だ。

 ***

 時は1920年代。1914年から18年まで続いた人類初の世界戦争=第一次世界大戦が終結して、ヨーロッパにようやく平和が訪れた時代。しかし、終戦直前の17年には、連合国側として参戦したロシアで王政に反対する革命が起き、社会主義を掲げるソビエト政権が誕生。終戦後の18年には中央同盟側のオーストリア=ハンガリー帝国が崩壊してオーストリア共和国とハンガリー民主共和国が誕生。中東でもオスマン帝国の大部分が連合国に分割されて帝政が瓦解。アジアではイギリスの同盟国として連合国軍に加わった日本がしだいに軍事力を強化してアジアの覇権を狙うようになっていた。
 微妙な軍事バランスの上では、各国の諜報員や工作員が活動し、武器商人が私腹を肥やすために暗躍していた。
 そんな時代の花形のひとつが航空機だった。第一次世界大戦をきっかけに飛行機の技術は飛躍的に向上して、定期航空や飛行郵便が発達、航空機サーカスなどの興行も盛んになっていた。もうひとつが女性の社会進出。戦場に取られた男達に代わって、女性がさまざまな職場で働くようになって、女は家庭を守るものという概念が崩れはじめていたのだ。

 主人公のマリア・マンテガッツァも時代の申し子だった。イタリア・ロンバルディアに暮らす母親と、イギリス貴族であり、優れたパイロットかつ諜報部員でもあった父との間に私生児として生まれた彼女は、幼いころから父のひざに乗って空を飛び、イギリス政府高官の伯父を頼ってイギリスに渡ったのちは、英国空軍の新米パイロットの教官として空戦の相手を務めたほどの腕の持ち主。任務中に地中海で姿を消した父親を追い求めながら、小さな郵便航空会社「ガリレイ航空サービス」のパイロットとして世界の空を飛びまわっているのだ。
 彼女の口癖は「同じ場所を往復するなんてつまらない! このマリア・マンテガッツァには常に新しい風が必要なのよ!」
 だから、コースの決まっている郵便飛行の仕事は、よほどのことがない限りしない。
 相棒になるのは、イラン某所でソビエト赤軍から彼女が救い出した元ロシア貴族・アレクセイ。ほかに、マリアの雇い主で、1889年のイタリア・エチオピア戦争の生き残りで当時の帽子を離さないガリレイ社長。仲間のパイロットで元アメリカ空軍のジェームス少尉。そして、ライバルにはフランスの女流飛行士で「フライング・フラッパー」の異名をとるマドモアゼル・ヴァネッサ・ザハロフ。彼女の父親で武器商人のデミル・ザハロフもいいところで登場する。
 そして忘れてはいけないのがマリアの愛機MM号ことデハビランドDH-9A。イギリスの航空機メーカーのデ・ハビランド製で、女性初のイギリス~オーストラリア間の単独飛行を成功させたイギリス人パイロット、エミー・ジョンソンの愛機をつくったのと同じ会社だ。彼女の機体の垂直尾翼に描かれたハートのマークは、父との絆になっているのだ。

 お話は1話完結式で、マリアがヨーロッパ、アジア、アフリカの各地で事件に巻き込まれ、持ち前の機転と操縦テクニックでピンチを脱して、仕事をやりとげる、というもの。いいところをヴァネッサにさらわれることもしばしば。工作員としての任務中の父親とニアミスするエピソードもあるが、彼女が気づかないままに終わってしまう。
 お気に入りは、第14話の「ジャスミンの導き」だ。気分転換のためにイタリア・ロンバルディア地方の湖畔の街にやってきたマリアが出会ったのはジェルソミーナと名乗る少女。飛行機をつくっているという彼女の父親の水上飛行機を見せられたマリアは……。
 途中に挟まれる登場人物たちの過去を辿る外伝も興味深い。様々なメカや当時のヨーロッパの風景も素晴らしい。空の描き方もうまい。ときどきサービスカットとして登場するマリアのヌードも(コホン)。
 ついでだが、マンガの中のサブキャラクターには、イギリスをはじめヨーロッパの映画やドラマで活躍する役者からイマジネーションを受けた人物が多いので探すと楽しい。ひとりだけ教えるとすれば、ザハロフのモデルとなったのは、かのデヴィット・スーシェ。
 いろんな楽しみに満ちたマンガだ。

中野晴行(なかの・はるゆき)
1954年生まれ。和歌山大学経済学部卒業。 7年間の銀行員生活の後、大阪で個人事務所を設立、フリーの編集者・ライターとなる。 1997年より仕事場を東京に移す。
著書に『手塚治虫と路地裏のマンガたち』『球団消滅』『謎のマンガ家・酒井七馬伝』、編著に『ブラックジャック語録』など。 2004年に『マンガ産業論』で日本出版学会賞奨励賞、日本児童文学学会奨励賞を、2008年には『謎のマンガ家・酒井七馬伝』で第37回日本漫画家協会賞特別賞を受賞。
近著『まんが王国の興亡―なぜ大手まんが誌は休刊し続けるのか―』 は、自身初の電子書籍として出版。

eBook Japan
2018年1月10日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

イーブックイニシアティブジャパン

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