インド系アメリカ人作家のアキール・シャルマさんが来日し、著書『ファミリー・ライフ』の刊行を記念したトークイベントを、3月15日に東京大学駒場キャンパスで行った。
インドのデリーに生まれ、8歳でアメリカに移住したシャルマさんは、兄が悲劇的な事故に遭い、家族とともに長期間の介護を続けた少年期の体験を元に小説『ファミリー・ライフ』を執筆。イベントでは、翻訳を手がけた小野正嗣さんと共に、創作背景や日本語訳刊行までの裏話を明かした。
■毎日5時間、12年半にわたって執筆
プリンストン大学でポール・オースターなどに師事して2000年に作家としてデビューしたシャルマさんは、忘れ去られていく自分たち家族の体験を残したいという思いを持ち、1日5時間、12年半の歳月を費やし『ファミリー・ライフ』を書き上げた。
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- ファミリー・ライフ
- 価格:1,980円(税込)
執筆に12年半もかかった理由について聞かれたシャルマさんは、過去の出来事において、現在の自分の感情と一致しないことが多かったと語り、「当惑していたなと感じていたことが、思い返してみたら、怒りを感じたり、悲しいと感じたり、情けなくなったり、ずっと自分の理解が変わり続けていて、安定していなかった」と執筆中の悩みを明かした。
また、自分の人生のことを書くことを翻訳行為に似ていると表現するシャルマさんは、「感情を訳すっていうんですか、時には感情を訳したり、時には困惑を訳したり、できるだけ自分の人生をそのまま書こうとしました。でもこれがなかなか出来ないときもあった」と12年半にわたった執筆を振り返った。
■自分がしなかった息を兄にあげてください
小説『ファミリー・ライフ』の中で、兄に悪態を吐くシーンや介護の苦しみ、神様との対話をするシーンは、シャルマさんの実体験によるものだ。
兄の事故により介護を余儀なくされた家族が疲弊する一方、シャルマさんは自分だけが幸福になることについて葛藤し、「きっと神様はこんな幸福について、罰を与えるだろうと感じた」と少年期の想いを打ち明けながら、事故後は祈ることが日課となり、散歩中に息を止めて、「神様、自分がしなかった息を兄にあげてください」と祈ったり、キリストやクリシュナ(ヒンドゥー教の神)、スーパーマンに対して祈ったりしたことを明かした。
■兄が脳腫瘍の余命宣告を受けて
日本語訳の刊行について聞かれた翻訳者の小野さんは、「僕は兄が脳腫瘍で余命宣告を受けて、闘病していたときだったので、個人的な動機から話に惹きつけられて、この人の本を読んでみたいと思った」と翻訳の動機について話し、「可能であれば翻訳したいなと思いました。だけど、僕が翻訳しているということはアキールさんにはずっと内緒にしていました」と個人的に翻訳を始めたことを語った。
「アキールさんの人柄に惹かれたのですが、小説を読んだらそれも素晴らしく、作品に真剣に向き合いたいと思った」という小野さんは、「アキールさんが注ぎ込んだものを感じたので、今回は全部手書きで翻訳しました」と語り会場を驚かせた。
シャルマさんは小野さんが内緒で翻訳をしていたことについて、「自分にとってはものすごく大きなギフトだと思いました」と喜びを表し、「ただ、自分の好きな人からギフトをもらうのはあんまり好きじゃないというか。何かを失ったから、もらえたんじゃないかと思ってしまうんですよね。だからギフトは自分からあげたい方なんです」と語った。このシャルマさんの発言からは事故に遭った兄に対する複雑な感情が垣間見えたが、「今回は小野さんからすごいギフトをもらいました」と、改めて感謝の言葉を述べた。
海外では、フォリオ賞(2015)および国際IMPACダブリン文学賞(2016)を受賞するなど高い評価を受けている本作『ファミリー・ライフ』。海を渡った日本でも、翻訳をきっかけに話題が広がっている。
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