『平成くん、さようなら』
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『時代』
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[本の森 仕事・人生]『平成くん、さようなら』古市憲寿/『時代』本城雅人
[レビュアー] 吉田大助(ライター)
来年、平成三一年の五月一日から新元号に変わる。平成最後の冬が訪れたタイミングで、今やテレビの(炎上)コメンテイターとして顔が広まりつつある社会学者の古市憲寿が、小説デビュー作『平成くん、さようなら』(文藝春秋)を世に送り出した。多面的な魅力を持つ本作に、あえてひとつだけジャンル名を冠するならば……恋愛小説だ。
二〇一八年、平成三〇年の冬から物語は始まる。一九八九年一月八日生まれ、二九歳のファーストネーム「平成(ひとなり)」くんは、二二歳で文筆家デビューし映画やドラマの脚本も手掛け、若者枠の文化人として活躍。「平成くん」というニックネームと共に、時代の寵児としてメディアにもてはやされていた。クールな合理主義者で、あらゆる人に親切で、性行為を嫌う平成くんと一緒に暮らし始めて二年になる愛(「私」)は、まるで人間グーグルのような彼との会話を楽しむ。だが、彼から安楽死を考えていると言われ、思い留まらせるよう心を尽くし始める。
固有名詞をふんだんに盛り込み、平成三〇年現在の日本を素描する「情報小説」でもある本作は、安楽死が合法化されたパラレルワールドの日本を描く試みでもある。平成くんと愛は、「世界で一番安楽死しやすい国」と呼ばれる現代日本の安楽死ビジネスの現場を巡り、死についての思弁を積み重ねていく。その過程で、会ったことのない彼の両親や幼少期の思い出、二〇秒で済ませる雑なシャワーのかけ方など、今まで知らなかった彼の情報を彼女は得る。そこで彼女に何が起こるのか。彼への思いが募る。「ねえ平成くん、本当に死んじゃうの?」。
平成は、昭和とは比べようもないくらい、超高度情報社会化した時代だ。その時代ならではの決着が、やがて二人の間にもたらされる。二人は愛し合っている。にもかかわらず、絶望的にすれ違っている。ここで描かれている「恋愛」を、自分は知らない、関係ない、と言える人間はどれくらいいるのだろう。
平成という元号が持つ「三〇年」という時間の幅を、『平成くん、さようなら』は、主人公が三〇歳という人生の節目を迎えるタイミングとして利用した。本城雅人の『時代』(講談社)は、スポーツ紙で働く父の物語(第一話は横山秀夫フレーバーが香る良質な短編ミステリ)から始まり、幼かった二人の兄弟が大きくなって父と同じ道を歩む、バトンパスが可能となる期間として設定する。兄弟を六歳差にすることで、バトンパスが父から兄だけでなく、兄から弟へと、二度にわたって行われる展開が熱い。兄弟が共に尊敬する人物の言葉も感動的だ。「過去を記録して、未来を読ませるのが新聞の役目」。時にレガシー・メディアと揶揄される新聞が、どんなに時代が変わっても、変わらぬ意義がここにある。