一大トレンドを生んだクリエイターの驚きの発想力――服飾史家・中野香織氏に聞いた

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アパレル・ファッションの分野で流行を創り、イノベーションを起こしてきたクリエイターたち。『「イノベーター」で読む アパレル全史』は彼らの革新的な功績に焦点をあて、アパレルの歴史を概観する1冊です。

ここでは著者の服飾史家・中野香織さんに、ご自身が実際にどのようにイノベーターたちからインスピレーションを受けたのか、また、彼らに共通する思考法や考え方を聞いてみました。

(書籍URL:https://www.njg.co.jp/book/9784534057525/

魅力的なイノベーターたちとの出会い

――服飾史家を志したのはいつごろからですか? また、そのきっかけは?

志したことはありません。導かれた、というのが率直なところです。

イギリス文化を研究していた大学院時代に、ジェントルマンシップやダンディズムと結びついた男性のスーツをテーマに修士論文を書きました。それを土台に、一般読者向けの『スーツの神話』(文春新書)という本を出しました。

その本が話題となり、日本経済新聞社から週1回のファッションコラムの依頼が来ました。その際に、担当記者が「服飾史家」という肩書きをつけてくれました。「研究者」が書く堅いコラムではなかったので、これがちょうどよいという印象でした。

この連載は7年半続いたのですが、週1回、古今の男女ファッション現象をテーマに7年半も書き続けていると、その分野をほぼすべてカバーするエキスパートにならざるをえません。その後も、いただいた仕事に対し、ご期待の120%で応えることで目の前の人に喜んでいただくことを淡々と続けてきました。需要とご依頼があることに感謝しています。

――大学の卒業論文にマリー・クヮントをお選びになったそうですが、やはり一番影響を受けたクリエイターも彼女なのでしょうか?

はい、マリー・クヮントです。

おかげさまで多くのすばらしいクリエイターや経営者に直接インタビューする機会も多々いただきましたが、最初にコンタクトをとったデザイナーはマリー・クヮントでした。

――どうして彼女を選んだのでしょう?

マリー・クヮントはイギリス生まれで「ミニスカート」を開発し、若者文化の革命を先導しました。先ほどお話しした通り、わたしはイギリス文化を研究していたので「イギリス文化のひとつとしてのミニスカート」というスタンスで論文を書きました。

また、大学の教授の何人かが「ファッションなんて軽薄なテーマはアカデミズムにそぐわない」とはっきりおっしゃったことも、あえてファッションデザイナーをテーマに選ぶ契機になりました。もともとわたしの中にも反・権威的なところがあったので、権威からNGを出されるとかえって燃えました。若かったですね(笑)

大切なのは、常識への抵抗とそれを軽やかに表現すること

――マリー・クヮントは、女性を“不自由さ”から解放したいという自分の願いを原動力としてミニスカートや防水マスカラを世に出し、結果として大きな影響を与えました。彼女のように、自分の願いをイノベーションに結びつけるにはどのような態度(アティテュード)が必要だと思いますか?

主流や常識とされていることに対する抵抗や疑問は、すべての革新者の行動のベースにあります。そのうえで、少数派であろうと自分の美的感覚を無条件に信じる自己肯定感と、思いをすぐ行動や創作に変える行動力があります。

とくに思いの強さを感じるのはシャネルですね。彼女には、自分を認めなかった上流階級へのリベンジ意識が常に底流にありました。ヴィヴィアン・ウェストウッドも同調圧力に対して、1970年から現代まで「破壊して創造する」というパンクな態度で常に闘い続けています。

――反骨精神や社会の常識に疑問を抱く態度が必要だということですね。

一方で、主張主義だけだと重たくなってしまい社会を変えるのは大変です。サンローランのように、「ぼくの服を美しくセクシーな黒人に着せたかったんだ」と言って、あっさりと多文化主義を後押ししてしまうような軽やかさもファッションには必須ですね。

――なるほど。では、マリー・クヮントのほかに中野さんが影響を受けたクリエイターを3人あげるとしたら誰を選びますか?

ジョルジオ・アルマーニからは、ストイックに仕事に向き合う姿勢に関して、多大な影響を受けています。84歳にして、凛とした姿勢で1時間立ったままインタビューに答えていたのは驚異的でした。現在「常識」となっている広告手法の数々の慣例を、アルマーニはまっさきに「革新的な手法」として行ってきました。大胆にしてエレガントな巨匠で、人としても尊敬しています。

ケリングのフランソワ=アンリ・ピノー会長の印象も鮮烈です。時代の先を見て布石を打つ頭の良さや、17世紀の病院を改修して古今のアートを飾り、超ハイテクの現代的な本社に変えるという並外れたセンスのよさに圧倒されました。資本家とはこのように発想し、行動するのかという1つの模範例を見る思いがしています。

芦田淳さんには何度もお目にかかり、情熱的でピュアでやんちゃなお人柄にも魅了されました。美に関してはとことん厳しい仕事ぶりで、顧客に対するもてなし方からも、学ぶところが本当に多かったです。日々の生活すべてが基盤にあり、そこからはじめてライフスタイルとしてのファッションが生まれるのだということを、芦田ファミリーは生き方そのもので示してくれています。

――多くのクリエイターにインスピレーションを受けていらっしゃるんですね。

ほかにも、来日時にランチをご一緒したフレデリック・マルやキリアン・ヘネシーに、アニヤ・ハインドマーチ、サービス精神にあふれていたドメニコ・ドルチェやステファノ・ガッバーナ、大学で講義をしていただいたキーン・エトロなど……3人には絞り切れませんね(笑)


by Onda Takuji

クリエイターの生き様はインスピレーションの宝庫

――経営者やビジネスパーソン向けに講演やトークショーを行なう中野さんですが、一般的なビジネスパーソンが教養としてアパレル・ファッション史を学ぶことにどんな意義があるとお考えですか?

いまはとくに経営者もアート感覚が必要な時流ですね。「美しさと社会はどのような関係にあるのか」「美を通して社会に変革をもたらすとはどういうことなのか」を、個々の具体例を通して学ぶことで、軽視されがちなファッションの力を社会の動力として再認識できるとともに、真・善・美という人間にとって普遍的な価値に判断を下すための、幅広い視野をもつことができます。

また、トレンドの発信源の行動原理を知ることで、「次になにがくるのか」と想像力を働かせ、流行が生まれる仕組みを考えるための知見を養うこともできます。

――社会人として知っておきたい常識でもありますよね。

生々しい必要性の話をしますと、グローバルビジネスの世界では、各都市のコレクションの最新情報やクリエイティブディレクターの移籍情報、ファッション展などの話題は、社交場ではごく自然に交わされます。そのため、世界で闘いたい全ビジネスパーソンは、『アパレル全史』に登場する人物とその功績は、最低限の会話のネタとして頭にたたきこんでいただければ幸いです。

そこまでの武器を求めないという方でも、モードを通して社会に変革をもたらした「人」の生き方、考え方そのものがインスピレーションの宝庫です。

「変革者」たちの共通点

――『「イノベーター」で読む アパレル全史』には、イノベーションを起こすヒントがたくさん書かれているように思いました。中野さんから見て、この本に登場する革新的なクリエイターたちに共通する思考法や考え方はどういうものだと考えられますか?

重複しますが、常識とされていることや主流となっている価値観に対し、素朴な疑問を抱き、その感覚を大切にして抵抗し、新しい価値をもたらすために、不平不満をもらさずいち早く行動していること。

――常識への疑問と抵抗が創造のエネルギーなんですね。

あとは、業界の「圏外」から発想していること。ファーストリテイリングの柳井正さんもそうですが、まさか!という手法をもちこみ、最初はばかにされても、一貫して方針を守りながら進化を続けることで、結果として、社会変革がもたらされたり都市の光景を変えたりしています。

――仕事観や人生観についてはどうでしょう?

現代は、ワークライフバランスや働き方改革がうたわれる時代ではありますが、イノベーターは全人生を仕事に投入・反映している傾向が強いです。プライベートを含めたすべての経験や瞬間を真剣に生き、そこから作品が生まれるケースが多いのです。結果としてそうなっている、ということですが。

――「仕事かプライベートか」というよりも、常にクリエイターとして生きているイメージですね。

それぞれのプレイヤーが、自分のオリジンに根差したやりかたで、自分の個性から生み出した流儀でビジネスを行なっています。そのプロセスそのものにコミットして楽しんでいるさまが共感につながっているのでしょう。すべてのクリエイターに感じるのは、人が人としてこの世に美しく存在することに対する全肯定というか、祝福です。

アパレル業界、今後の課題

――現代は、産業構造が猛スピードで変化する「先の見えない時代」と言われ、SDGsなど世界的に様々な取り組みが行なわれています。アパレル・ファッションの分野は、それらに今後どう関わっていくと考えられますか?

アパレル産業は、石油産業に次いで地球環境を汚染している産業とされ、糾弾されています。それを受けて、フランスではケリングのピノー会長のリーダーシップのもとにファッション協定が結ばれ、地球環境を守るために積極的に行動しようとしています。

服をめぐる価値を変えることも必要です。毎シーズン、「新しい」服を買ってもらわなくてはビジネスが成り立たないアパレル業界にとって、サステナブルな服を提供するというのは矛盾に満ちたことなのですが、その難題を解決し、全方向に満足を与えることができるようになれば、それは一大イノベーションとなるでしょう。

――貴重なお話をどうもありがとうございました。

プロフィール

中野 香織(なかの かおり)

服飾史家/株式会社Kaori Nakano 代表取締役/昭和女子大学客員教授。ファッション史やモード事情に関する研究・執筆・講演を行うほか企業のアドバイザーを務める。1994年、東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得満期退学。英国ケンブリッジ大学客員研究員・東京大学教養学部非常勤講師・明治大学国際日本学部特任教授を務めた。

著書に『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』(吉川弘文館)、『紳士の名品50』(小学館)、『ダンディズムの系譜 男が憧れた男たち』(新潮社)、『モードとエロスと資本』(集英社)などがある。オフィシャルサイトはこちら。
(こちら→http://www.kaori-nakano.com/

日本実業出版社
2020年3月3日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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