書店員×作家、胃袋無尽蔵コンビによる“食べ友”エッセイを特別無料公開! 「胃が合うふたり」(2)

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「胃が合うふたり 第三回 銀座パフェ編」(C)yom yom「胃が合うふたり」/絵:はるな檸檬

書店員の新井見枝香さんと作家の千早茜さんによる、「yom yom」の人気連載「胃が合うふたり」。

友人たちとなかなか出かけられない今だからこそ、「気が合う」もとい「胃が合う」2人の食べっぷりと、たっぷり思考する大人の友情でみなさまの心も満腹に。連載から厳選3編を、特別に無料公開いたします!

本日の無料公開は「胃が合うふたり 第三回 銀座パフェ編」。
扉と挿絵漫画は漫画家のはるな檸檬さんの描きおろしです。

新井見枝香

 京都の常宿は河原町駅からすぐの「G」というホテルだ。この辺りは鴨川も近く、夜中はナンパがすごい。毎度、まんざらじゃないのう、と足早に通りを抜ける。いつかはその先の鴨川で、土手に座って道ならぬ恋なんかを燃え上がらせたいものである。

 こうして毎月のように京都へ行くのは、ちはやんと遊ぶためだが、基本的には私が好きなバンドの大阪や名古屋でのLIVEに合わせて、ついでと言っちゃなんだが、足を伸ばしている。たいてい朝から晩まで狂ったように遊びまくるが、LIVEの間だけは別行動で、それがなんだか私にとってはちょうどいいあんばいなのだ。追っかけても追っかけても実らない、ボーカルへの恋につらくなったときは、おまえなんかちはやんのついでじゃー、と悪態もつける。そしてそれは、まんざら嘘でもなくなってきている。

 夜はまた合流してご飯を食べ、明日も会うというのに、洒落たバーでしっとりとお酒を飲んだりもする。

 だが、家に泊まったのは、去年の大晦日から元旦の一度だけだ。空が白むまで飲んでは食べ、おせちに箸を伸ばす口実を作るように、ダイニングの椅子でちょこっと寝落ちした。きちんと夜具を用意してくれていたようでかたじけないが、拙者には椅子でじゅうぶんである。武士なので。

 人の家に泊まる、ということがどうも苦手なのだ。風呂を借りてパジャマに着替えたらもう、逃げ場がない。丸腰だ。好きで一緒にいるのだが、常に「よーいドン」で逃げられる体勢をとっておきたい。いつだって逃げたくなる瞬間は唐突に、刺客のように容赦なくやってくるのだから。

 ちはやんが東京に来たその日は、パフェ評論家の斧屋さんと銀座パフェ巡りをする予定だった。私と斧屋さんは『東京パフェ学』の刊行記念イベントからの付き合いで、仕事っぷりも面白いし、わりと気が合うほうだとは思う。とはいえ、なにしろ全ての愛がパフェに向いて揺らがないため、どうも斧屋さん本人に愛情を注ぐ気になれない。見返りを期待して人を愛するわけではないが、彼は常に「パフェがいちばんえらい」と公言している。私とパフェとどっちが……なんて愚問中の愚問だろう。それならパフェを斧屋さんだと思って愛したほうが合理的ではないか。パフェは美味しいし、斧屋さんもうれしい。

 一方ちはやんは、彼のそういう一途な研究者体質にときめきを感じるらしく、斧屋さんのことを、まるで桃パフェか何かのように、うっとりと「パフェ先生……」と呼ぶ。あの人、本当にパフェなんじゃなかろうか。ちはやんは斧屋さんに出会ってからというもの、「先生の弟子になりたい」と今まで以上にパフェを食べ歩き、独自にパフェ学を深め続けている。彼女は記録魔であり、食べたパフェは必ず、構成要素をイラスト入りでノートに記していた。斧屋さんも、SNSに投稿する写真は必ず、パフェの層がしっかり見える構図で撮影している。そんな彼らと、食べたそばから食べたことを忘れる私とでは、そもそもパフェに対する姿勢が違うのだ。

 銀座はパフェの街である。老舗のフルーツパーラーがあり、名門ショコラティエやパリ創業の老舗パティスリーも揃い、〆には夜景の見えるビストロで夜パフェが楽しめる。パフェを食べ歩くだけとはいえ、そのおかしなテンションのふたりがいれば、ただの食いだおれツアーにはなりそうもない。

 パフェ先生からパフェの資料が配られ、パフェの歴史を紐解く講義を受けながら、パフェの到着を待つ。パフェがテーブルに置かれたら、言葉少なにそれぞれのパフェと向き合う。そしてちはやんは熱心にパフェの詳細を記録し、何やら唸りながら頷いたり首を捻ったりしている先生に質問をして、ありがたい言葉をいただけば、それをまたノートに書き留める。そんな調子で、3本のパフェを異様な集中力でもって食べ歩いたせいだろう。3軒目の店を出たときに、サッと奴が視界の隅を横切った。ついに来たか。私は今すぐ、この場を逃げ出したい。もう「よーいドン」しちゃう5秒前である。しかし、このタイミングで逃げ出せば、たいてい場が凍る。何か気にくわないことでもあったのか。それとも腹の具合でも悪いのか。全くそんなことはない。この気分は、誰のせいでもないのだ。ひとことで言うなら、「Enough(イナフ)!」である。翻訳すると、こうだ。「楽しい、がじゅうぶんすぎてこわい!」あんまり楽しい人生を送ってこなかったせいか、楽しい気分になりすぎると、刺客が斬り掛かってくるのだ。「楽しすぎる」から逃げないと、拙者は死ぬ!

 ちょうど、次の店の予約までには30分ほど時間があった。すかさずちはやんは、三越の地下で煮玉子おにぎりを買い、ベンチで頬ばり始める。彼女にはパフェとパフェの間に米を挟みたがる傾向があるのだ。さすがに斧屋さんも、塩気が欲しい頃なのでは。しかし彼は、洋菓子屋でカップタイプのパフェを見つけ、その場で食べ始めていた。パフェにイナフはないようだ。

 気を使うのがばかばかしくなったので、ちょっと出掛けてくる、と行き先も告げずにデパ地下を後にした。

 そして30分後、束の間の逃亡劇を終えた私は、何事もなかったかのように三越へ戻る。どこへ行き何をしていたのか。それは秘密である。まぁ、別に大したことではない。そして、見事にふたりとも、何も尋ねてこなかった。人によっては、その無関心とも取れる対応に不満を感じるかもしれないが、私にはとても心地よかった。ちょっとした、秘密とも呼べない秘密を持つことは、対人関係を続けるにおいて、欠かせない息継ぎなのだ。

 だが、これがなかなか理解されない。なぜ秘密にするのか。全てをさらけ出してくれないのか。水くさいじゃないか、と。しかし恋人でも親でも、何もかも見せて、何もかも知っているという状態は、息苦しくて御免被りたい。だから、大した意味もない秘密を尊重してくれるちはやんは、本当に得難い存在なのである。もちろん彼女が、私の全てを知ってよ、と迫ってくることもない。踏み込んだ途端、私が「よーいドン」、もしくは抜刀することがわかるのだろう。

 ラデュレのサロン・ド・テの、マリー・アントワネット的煌びやかな店内で、恭しく注がれた紅茶を飲むのも忘れ、相変わらずちはやんはパフェ先生の知識や考察に感銘を受けている。私の話など、ろくに聞いていやしない。しかしそういう私も、4本目のパフェで腹が満たされ、瀟洒な布張りの椅子で船を漕いでしまった。まさかのラデュレで武士が寝落ち。不覚。しばらくしてシエスタから目覚めれば、今度は先生がボールペンでお絵描きをしている。むっつりと黙って、写真に撮った大好物のパフェを写生しているのだ。これがおむすびだったら山下清である。

 身勝手な大人たちの、集いとも呼べぬ集い。だがこれは、れっきとしたお仕事なのであった。斧屋さんはパフェ評論家として私たちのガイドを、ちはやんと私はエッセイのための取材をしているのである。

 ところで私の常宿だが、先に述べたように、立地は良い。しかしバストイレは共用だ。おまけに、チェックインが遅い私は、いつもベッドが上段しか空いていない。つまりそこは、酔って鉄の梯子をよじ登り、ごく小さな穴ぐらに這いつくばってインする、激安カプセルホテルなのだった。

 こういった健気な努力による遠距離友情で、このエッセイは成り立っているのである。

 私が京都へ通うのも、言うなればこのエッセイのためなのだ。その日のことをそのまま書かなくとも、積み上げた友情が根幹にあるからこそ、エッセイに深みが生まれるのである。しかし今のところ、出版社から旅のお小遣いをもらえる気配はない。仕事にしてはいかんせん「楽しすぎる」からか。

 確かに、これで会社から交通費でも支給されたら、出張手当で地方妻に会いに行くような後ろめたさに悩まされそうではある。待ち合わせは鴨川の土手、みたいな。


(C)yom yom「胃が合うふたり」/絵:はるな檸檬

千早 茜

 私は記録魔だ。日記は二歳の頃からつけているし、日記とは別に映画ノートや執筆用メモなんかもある。最近はアイフォンのメモも活用しているが、常に持ち歩いているのは黒表紙に無地のモレスキンで、打ち合わせの記録を主につけている。編集者から「黒革の手帖」と恐れられたことがある。おお、銀座回にぴったりの出だしではないか。

 最近、その「黒革の手帖」にパフェの記録が下手くそな絵入りで加わるようになった。最近と書いたが、記録を取っている私はそれが何日からかページをめくればすぐにわかる。それは今年の7月21日、初めてパフェ評論家である斧屋さんとパフェをご一緒した日からだ。目白の『カフェクーポラ』のチョコレートパフェと桃パフェの絵と共に、斧屋さんがパフェについて語った言葉が書きつけられている。斧屋さんはモーニングを食べ、今年234本目(この「本」カウントは『タカノフルーツパーラー』に倣ってだそう)だという桃パフェを、時間をかけて食した。もちろん、私がパフェを食べたのはこの日が初めてではない。けれど、作り手の意図を考えながら食べるべき菓子だと強く認識させられたのはこの日で、それ以来ずっとパフェは記録をつけながら食べているし、斧屋さんのことは「パフェ先生」と敬っている。

 この日のパフェ体験は大きな衝撃だったのだが、それはまた違う媒体で書こうと思う。このエッセイでは、相棒である新井どんについて触れたい。パフェの記録と同じように新井どんの記録も日記とは別につけている。こんなことを書いたら彼女に気持ち悪がられそうだが、新井どんだけでなく興味深い人間に出会うと、私はひたすら記録を取る癖がある。

 新井どんがちょくちょく京都にやってくるようになったのは去年の春くらいから。好きなバンドのライブが大阪や名古屋であると、すこし足を伸ばして京都に寄ってくれるようになった。私が名古屋に行ったこともある。モーニングの喫茶店からはじまり、息つく間もなく飲食店をはしごする。もちろん「胃が合う」から。こんなにも同じペースで食べ続けられる人は他にいない。

 ただ、それだけだったら私はわざわざ記録はつけなかっただろう。今までパフェを食べてきても瞬間の美味で終わらせてきたように、瞬間の楽しさで新井どんとの時間を終えたと思う。もちろん、それでも充分だ。私はわりと単独行動を好むので、人と一緒にいて瞬間の楽しさを得られることは稀なのだから。けれど、私は「おもしろい」と思ったのだ。食べ物の向こうにいる新井どんのことを。

 人の記録にはルールがある。まず、決して暴いてはいけない。その人が見せてくれる顔や言動を文字にするだけで、こういう人間だろうと予測をたてることも、話してくれないことを探ることもしてはいけない。自分の意図が絡んできたら、もうそれは記録ではないから。ありのままのその人を観察する。同時に、そばにいることを「許されている」のだと忘れないようにする。人が人といるのは当たり前ではない。

 初めて、日記とは別に新井どんの記録が登場したのは去年の8月22日、新井どんが京都にきた日だった。私は徹夜で仕事をしていたため、朝、京都駅に迎えに行けなかった。新井どんには駅からバスに乗るように言って、四条河原町で待ち合わせをした。時間通りに待ち合わせ場所に行くと、メッセージが届いた。ずっと七条を走っていると書いてある。北へのバスに乗らなくてはいけないのに、西へ西へと行くバスに乗っていた。通過した停留所の名を聞き、スマホで調べ、西大路四条で降りて阪急西院駅から電車に乗れ、と路線案内図を添付する。待つ間にデパ地下を冷やかして、そろそろかな、という頃に改札へ行った。知らない街で不安になっただろうな、と思いながら、やってくる人たちを眺めていると、黒ずくめの女がうきうきとした足取りで歩いてきた。私に気づいても走ろうともしないし、時間に遅れて申し訳ないという顔もしない。改札を抜けると、さっぱりした顔で笑って「ああ、おもしろかった」と言った。想定外だった。びっくりして「そりゃ良かったよ」としか言えなかった。その日は桶でだしてくれる鰻屋に行き、喫茶店をはしごして、アイスクリームを食べた。暑い日で、ライブに行く新井どんと別れると、帰ってばったりと眠った。

 今や、新井どんは京都にすっかり慣れて、どこへだって迷わずに行ける(たぶん)。あの日、バスを間違えたのは、駅をでて一番目にきたバスに行き先も確認せず乗ったかららしい。京都駅のバス乗り場は広大だ、おまけにバスの路線の複雑さでは有名な街だ。なぜ行き先を確認しなかったのかまったくわからない。私は行き先を確認せずにバスに乗ったことなどない。どうにでもなるさ、と彼女は思っていて、だいたいなんとかなる。予定通りにいかないことに焦ったりしない。それは自分のことだけでなく、人のことにも同じスタンスだ。

 今年の春に台湾旅行をしたとき、最終日は別行動をした。私はどうしても行きたい茶藝館があって、けっこう遠い場所だったのに無理をした。そのせいでホテルのチェックアウトをして空港に行くのがぎりぎりになった。おまけに空港に向かうタクシーの中で旅行ノートを忘れたことに気がついた。「ちはやんのメモだ。引き返そう」と新井どんは迷いなく言い、チップを渡してホテルに引き返してもらったら、旅行ノートは忘れておらずタクシーの後部座席の足元に落ちていたという最悪の落ちだった。ああ、友情が終わった……と思った。言葉の通じないタクシーの運転手ですら呆れている。けれど、新井どんは大笑いして「おお、良かったな。さあ、空港に行こう」と言った。ドタバタは続くもので、飛行機が遅れ、特急成田エクスプレスも遅れ、東京駅に着いたとき、京都へ向かう最終の新幹線の発車時刻まで十分ほどしかなかった。私はトランクの他にお土産も大量に持っていて、総武線のホームから東海道新幹線乗り場まで走ることはおろか迷わず行ける気がしなかった。泊まりか深夜バスを覚悟したが、新井どんは私の荷物を半分持つと走りはじめた。人の間を抜け、最短距離を選んでどんどん行く。私はトランクを抱えて後をついていけば良かった。障害物競走みたいなのがだんだん可笑しくなってきて、笑いを噛み殺しながら走った。結果的に最終の新幹線には間に合った。改札で慌ただしく別れて、座席に腰を下ろすと、メッセージがきた。「ああ、愉快な旅だった」と書いてあった。あんなに迷惑をかけたのに。

 ミスをした方がひたすら謝り、それで許してもらっても、マイナスをゼロにすることはできるかもしれないがプラスにはならない。だったら謝る前に、起きてしまったその状況を楽しく乗り越える方がいい。わかってはいても、つい相手の顔色をうかがい、人は謝ってしまう。

 パフェ先生も、パフェについてのトークで同じようなことを話していた。パフェの提供が遅くなったとき、店側に「お待たせして申し訳ありません」と謝られると楽しくなくなってしまう。愛するパフェを待つ覚悟はできている。だってパフェに会いにきたのだから。パフェはエンターテインメントなのだそうだ。だから「お待たせしました! さあ、どうぞ!」と楽しく持ってきて欲しい。

 新井どんとの関係もエンターテインメント感がある。我々には各々のしんどさや悩みや秘密があるけれど、それをすべて共有しようとはしないから。一緒にいるその時間をめいっぱい楽しむ。それでいいと互いに思っている気がするし、湿っぽいのは苦手だ。まあ、新井どんはかなり規格外の人間ではあるから、彼女が本当はなにを思っているのかは知りようがないのだけれど。

 パフェ先生と新井どんは以前からの知り合いだった。とはいえ、パフェの食べ歩きをすることになり三人で打ち合わせをしたときも、仲が良いのか判断できなかった。頼んだパフェがやってくると二人ともパフェのことしか話さなくなるから。私もパフェとパフェ先生しか目に入らなくなる。

 新井どんも私も飲み会が苦手だ。というか、不特定多数の人と飲み食いするのが楽しいと思えない。偶然にも、パフェ先生も同じタイプだった。だから、三人でいてもそれぞれでパフェに向き合える最高の面子だった。無理に会話をしなくてもいい。とてもありがたい。

 とはいえ、打ち合わせはしなくてはいけない。パフェ先生によると、銀座はパフェの街だそうだ。レストランのパフェ、フルーツパーラー系、ショコラティエ系、パティシエ系、『資生堂』や『和光』といった老舗サロン系、着物ブランドがやっているパフェやビストロの締めパフェなどの変わり種と、様々なジャンルのパフェが集まっている。そこから五つの店を選んだ。私とパフェ先生が相談し、私がメモを取る間、新井どんはほとんど口を挟まなかった。彼女はそういうところがある。三人以上、人がいると口数が減るのだ。まあ、オレが喋らなくてもいいだろう、という顔をしている。「パフェに失礼のないように正装で行きましょう」とパフェ先生が言って解散になった。

 当日、私は『タカノフルーツパーラー』とLOFTのコラボ商品のフルーツネイルシールで爪を飾り、お気に入りのワンピースで銀座へと赴いた。店の前で待っていると、黒ずくめの新井どんが銀髪を輝かせてやってきた。SM用品の店で買った首輪をしている。「え」と言うと、「オレが一番好きな格好がオレの正装だ」とにやりとした。パフェ先生は体を斜めにして現れた。指には絆創膏。前日に自転車で転んだそうで、半身がまだ痛いのだと言う。大丈夫か……と不安になる。

 一軒目はレストラン『エール』、コース料理のフレンチだ。前菜で野菜を20種使ったパフェがでる。私はサラダが嫌いだ。野菜が嫌いというわけではなく、腹の足しにならないすかすかした葉野菜に金を使いたくない。なので、あまり期待をしていなかったが、これがとても美味しかった。ラタトゥイユのアイスに紫人参のジュレ、茸のマリネ、燻製されたマス、焼き茄子、根菜のグリルなどがグラスの中にみっしりと詰まっている。パフェ先生が「これはパフェ仕立てとは違う、ちゃんと考えられたパフェだ」と唸る。頷いたり、長考に入ったりしながら、パフェとの対話に没頭する。私と新井どんはというと、「はにゃー」「うまーい」とジュースの入ったワイングラスをぐるぐるしながらアホっぽく美味に溶けていた。パフェだけでなく魚料理も肉料理も美味しかったのだ。フォアグラやバターもなめらかで、新井どんはパンをお代わりしまくっていた。思えば、コース料理を一緒に食べたのは初めてで、真っ白なクロスや丁寧な接客にすっかり浮かれてしまった。しかも、銀座だ。銀座って、もう名前だけで人を良い気持ちにさせてくれる街だと思う。デザートまで食べて、皆、しばし放心する。

 二軒目はフルーツパーラー系の『銀座千疋屋』、平日だというのに満席だ。「銀座パフェ」が有名らしいが、新井どんはマロンクリームと秋の果物を使った「秋パフェ」、私とパフェ先生は三種類の葡萄を使った「葡萄パフェ」を。「絶対にちはやんが選ぶやつが正解なんだ。いつもそうなんだ」と言いながらも新井どんは違うパフェを選ぶ。しかし、我々は「ひとくちちょうだい」はしない。己のパフェを己だけで食べきる。釜飯屋に行ったときですらそのスタンスを崩さず、同じ種類の釜飯がテーブルにどんどん!と二個並んだのを店主がいぶかしげな顔で見ていた。食べながら、フルーツパーラー系のパフェとは、という話をうかがう。

 三軒目、ショコラティエ系の『ピエール・マルコリーニ』へ。やはり満席で少し待つことに。パフェ先生が列に並んでいるのをいいことに、私は自分用のチョコレートを購入し、新井どんはジェラートを買って道で食べはじめる。我々はふだん二人でいても一緒に並ぶことは少ない。どちらかが並び、片方はぶらぶら自由にする。席が空き、呼ばれる。怒られるかなと思ったが、パフェ先生はなにも言わない。ちらっと手元を見ると、スマホで将棋を観戦していた。先生、将棋が似合います。期間限定の「マルコリーニ マロンパフェ」を食べて、パフェ先生によるパフェの歴史の講義を受ける。資料まで用意してくれていた。マロンパフェ並みに濃い時間だった。

 四軒目の『ラデュレ』まで時間があったので、三越デパートの地下でやっていた「ぎんみつパルフェ」という持ち帰りパフェのフェアを見にいく。ショーケースの中の色鮮やかなカップパフェは可愛かったが、私はここで突然に米切れを起こした。米……米を食べねば……死ぬ……と米欠乏症に陥る。パフェは不思議な食べ物で、いくらはしごしても腹はふくれない。こそこそと「半熟煮玉子おにぎり」を買ってベンチで食べる。しかし、パフェ先生はブレない。『パティスリーモンシェール』の「パルフェ・アップルカスタード」をさっと購入し、立食イートインカウンターで味わいはじめた。体が痛いはずなのに、パフェを食べるときは妙に姿勢がいい。先生さすがです……と感動したが、私の信条としてケーキやパフェといった層構造になった菓子は椅子とテーブルがある環境で食べると決めているので、おにぎりを頬張りながら勇姿を眺めた。と、新井どんの姿がない。消えた、と思う。彼女がふらっと消えるのはいつものことなので私は特に驚かないが、パフェ先生はどうだろうとうかがうも、パフェしか眼中にないようだ。素敵である。

 やがて『ラデュレ』の予約時間になり、ロココ調の麗しい室内で寛いでいると新井どんが戻ってきた。「ちはやん、前にオレが飲んだいいにおいの紅茶どれだっけ」と何事もなかったかのように訊いてくる。こんなときこそ記録が役にたつ。「テ・ア・ラ・フルール・オランジェです」と執事のように答える(心の中で「お嬢さま」をつける)。パフェ先生は『ラデュレ』のパフェは初めてらしく「パフェは香りが大事。うん、鼻息まで香る」と感想を述べながら楽しんでいた。我々はふわふわのクリームにうっとりしていた。うっとりしすぎて、ちょっと新井どんが眠そうだ。「糖分を摂取すると眠くなる」とパフェ先生が解説し、なんとなく緩慢な空気がただよう。「パフェ眠りですな」とパフェ先生は厳かに言い、パフェスケッチをはじめた。ちなみに、パフェ記録は最近からだが、私はもともと甘味が大好きなのでチョコ記録とケーキ記録はずっとしている。甘味を食べない日はなく、もう糖分に体が慣れきっていて、パフェはしごをしたくらいでは眠くはならない。ノートをまとめながら新井どんの「パフェ眠り」の様子を観察した。

『ラデュレ』をでると、もう暮れていた。『和光』の時計塔が群青の空にぼんやり浮かんでいる。東京にくるときはいつも銀座に宿をとっているので、夜になるとこの街に帰ってくる。碁盤の目の街は京都に住む私に安心をくれる。交差点を渡り、「ティエリー・マルクス ダイニング」へ締めパフェを食べにいく。みんなでシャルキュトリーやスモークサーモン、ポムフリットといった塩気をつまみながら本日最後のパフェを待つ。ここで私は生まれて初めて鬼(ほお)灯(ずき)のパフェなるものを食べた。鬼灯、もう名前だけで惹かれるのに、それがパフェになっているなんて。フレッシュにコンポートにソースと、ふんだんに橙色の果肉が使われていた。初の食材に夢中になる。めざとくパフェ先生が「すごくゆっくり食べている」と指摘してくる。未知の食材はおもしろい。自分の感覚が持っていかれる。食べている間、他のことが一切消えた。

 最後に、パフェ先生に我々をパフェに例えてもらった。私は『フィリップ・コンティチーニ』などのパティシエが作る緻密系パフェ。新井どんはちょっと悩んだ末、「『リール銀座』っぽいかなあ」とのことだった。「セオリーがわからない」そうだ。やっぱり規格外か、と思う。鬼灯のように、新井どんも私にとって未知の食材だ。食べても、食べても、よくわからない。初めて食べるパフェみたいに、掘っていくと新しい味がでてくる。人付き合いはそういうところがある。違うのはパフェのようにはっきりした終わりを認識しにくいことだ。

 銀座のパフェめぐりの間、みんな勝手気ままにしていた。誰かが誰かに謝ったり、気を使ったりしなかった。すごく盛りあがったわけではないけれど、私にとってはちょうど良い空気感だった。

 私と新井どんはパフェだけでは足りなく、パフェ先生と別れるとファミレスに行った。頼んだ蟹雑炊はちょっと多すぎた。ドリアを食べ終えた新井どんが、私がもう食べないことを見てとると「食べるよ」と手を伸ばしスプーンですくっていく。ぼんやりと眺めているうちに視界がとろりとゆがんできた。

 ああ、と気がつく。私は新井どんとふたりにならないと眠くはならない。それはきっと「眠い」と言っても気にしないでくれる相手だから。許されすぎているなあ、と思いながら、ずるっと姿勢を崩した。

(つづく)

絵:はるな檸檬

新潮社 yom yom
vol.59(2019年11月15日配信) 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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