錦鯉が明かす「M-1決勝」の舞台裏 『くすぶり中年の逆襲』試し読み

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錦鯉(撮影・新潮社)

「M−1グランプリ2020」で“史上最年長ファイナリスト”として大ブレイクした錦鯉が初の自叙伝『くすぶり中年の逆襲』を発売した。

二人のこれまでの道のりは山あり谷あり嵐あり……。生い立ちから苦難の下積み時代を経て、ブレイクするまでを初めて明かしている。

活躍の幅がさらに広がり、飛躍のきっかけとなった「M-1」の舞台裏や激動の2021を振り返った、「第一章・2021年の錦鯉」の一部を公開する。


「M-1決勝」で披露した伝説のネタ「CRまさのり」(撮影・新潮社)

『M-1』決勝の現場

長谷川今でも覚えているのは、決勝の直前に声が枯れちゃって。トローチとのど飴を、交互になめてたんだ。それを2日続けたら、舌が緑色になっちゃって。

渡辺 あれはまさに「舌だけアバター」だったよ。オレは、痛風の発作が出て、あまりにも痛くて参ったな。舞台へと階段を下りる時、真剣に手すりがあったらなと思ったもの。

長谷川 決勝でやったネタ、「CRまさのり」が出てくるパチンコ漫才は、3年くらい前に作ったよね。

渡辺 あの漫才は最初、二人で立ったままやっていた。でも、なんとなくパチンコ台の感じも出した方がいいんじゃないかなって思ってさ。

長谷川 喫茶店で打合せしていたら、隆がいきなり「ねえ、パチンコ台やってみて」って言ったんだよ。

渡辺 そうしたら雅紀さん、そのまま席を立って、中腰で、あのパチンコ台のポーズをやったんだよね(この章の扉の写真)。

長谷川 両サイドのチューリップの動き(玉が入って開閉する様子)も、見事だったでしょ?

渡辺 「CRまさのり」って言っているのに、あれじゃ、昭和のパチンコ台だよ。周りの客の目を気にしないでポーズをとり続ける雅紀さんを、5分間、笑い続けながら見てたもんね。世の中に、こんなバカなことがあるのかと思って。

長谷川 漫才でやる「まさのりギャグリーチ」の中に入れた「レーズンパンは、見た目で損してる!」や「キャラメルは、銀歯どろぼう!」の一発ネタとか、「のりのりまさのりダンス」……これらのネタには、特別な思い入れがあるんだよね。

渡辺 うん。「レーズンパンは~」は、『M-1』の後で、札幌市内で同じ名前のパンが売り出されたしね。雅紀さんの代表的なギャグとして、今では、皆さんに知ってもらえるようになったけど、ここまで来るのが大変だったからな。

長谷川 芸歴の長さは伊達じゃない、ってことだよ。

渡辺 確かに。50歳のオッサンの頭を平気で引っ叩けるのも、この芸歴あればこそだからね。ただ、皆さんはマネしちゃダメですよ。ボクらはちゃんと、芸として引っ叩いていますから。雅紀さんの後頭部のどこを叩けば痛くなくて、パーンと乾いたいい音がするか、ちゃーんと計算して叩いていますので。

長谷川 「計算ずくの挙動不審」だね。

渡辺 意味が分かんないよ!

長谷川 芸人は、舞台やテレビを通じてお客さんを喜ばせるのが仕事だから、悲しい話や暗い話をするもんじゃないけど、この本ではボクらのことをよく知ってもらうためにも、色々な話を紹介していこうよ。

渡辺 結成10年の節目の意味でもね。なぜ、オレと雅紀さんがお笑い芸人を目指して、この歳まで芸人を辞めずに続けたのか、読んでいくと分かるはずだよ。

長谷川 ダメダメ中年が、どうやってブレイクしたか。

渡辺 というより、お笑いに興味のない人でも、「こういう人生もあるんだな」って、反面教師でもいいから読んでもらえると嬉しいな。

激動の2021年

渡辺 「『M-1』決勝進出で、何が変わりましたか?」これ、必ず聞かれる質問なんだけど、何も変わっていないんだよね。

長谷川 その通り。ただ、仕事をたくさん頂けるようになったから、朝からロケ、収録、撮影、インタビューと忙しくなったけど、ボクらは基本的に何も変わっていない。睡眠時間がなくなりませんか、とよく聞かれるけど、それなりに寝ているし。

渡辺 売れてない頃は、たっぷり寝ていたから。十分“寝だめ”ができているからね。変わったといえば、それまで当たり前のように続けていたバイトのシフトに入らなくなったことぐらいかな。

長谷川 自分自身ではなくて、周りが変わったというか、大騒ぎになったんだよね。

渡辺 一度しか行ったことのないスナックのおばさんから連絡があったり、「昔、錦糸町の〇〇という店で〇〇と名乗っていた者です」という、おそらくキャバ嬢だろうと思われる人からメールが来たり。

長谷川 ボクは200件くらい、メールが来た。小中高の同級生もいたけど、一回しか行ってないバイト先の人とか、連絡は嬉しいんだけど、顔がまったく浮かんでこない。

渡辺 あるな、そういうの。

長谷川 ボクは Twitter もやっているんだけど、そこにも19歳か20歳の頃にやっていた警備員のバイトで一緒だった人から連絡が入ったんだ。「一緒にスーパーの駐車場で警備しましたよねー」って。

渡辺 それくらい具体的なら、少しは思い出すでしょ?

長谷川 いや、それがね、一生懸命になって思い出したら、意外な記憶がよみがえってきたんだよ。

渡辺 へえ、どんな?

長谷川 バイト中にどうしてもトイレに行きたくなって。現場には二人しかいないので、なかなか抜けられないんだよね。なんとかタイミングを見計らって、大急ぎでトイレで用を足したんだ。

渡辺 イヤな予感がするな。

長谷川 そうしたら、警備で使う笛におしっこがかかっちゃって。いやあ、その後の笛のしょっぱかったこと。

渡辺 汚ねえなぁ……って、思い出したのってそれ?

長谷川  はっはっはっはっはっ!

渡辺 止めろよ、その「殿様の笑い」。

長谷川 ボクは今、後輩芸人三人(ジャック豆山、元お団子まんじゅう・古澤、元ラズベリー・原澤たこやき)と同じアパートに住んでいるんだけど。

渡辺 四人とも頭がハゲていて、見た目が似ているから「たまご会」と名乗っているんでしょ。しかし他の三人、みんな名前が食い物っていうのが凄いよ。

長谷川 『M-1』の決勝が終わってアパートに帰ると、玄関に三人が書いてくれた寄せ書きがあったんだ。

渡辺 いい話じゃない。

長谷川 でもね、書いてあるのが白くて四角かったので、最初、ネズミ捕りが置いてあるのかと思ったよ。

渡辺 色紙っていうのは、白くて四角いんだよ! 

長谷川 あと、ボクがデビューしたばかりの頃、札幌でボクのライブを観に来てくれたという女性から Twitter に連絡があった。当時は小学生で、今は2児の母。いや、本当に時の流れを感じるね。こうした反応が寄せられるのも、テレビに出させてもらえるようになったからだけど、隆はどう?

渡辺 オレは実家で父親と二人暮らしだけど、売れる前と何も変わらないな。近所のおじちゃん、おばちゃんたちも、昔から知っている人ばかりだけど、「テレビ見てるよ!」と声はかけてくれる。

長谷川 そのテレビだけど、今まで見ているだけでしかなかった番組に自分が出ることになって、とにかく緊張したけど、何が何だか分からないうちに収録が終わっているなんて、しょっちゅうだったものね。

渡辺 出演することで、本当によく分かったことがある。テレビに出て活躍している人、つまり売れている人って、本当に凄いんだなって。トークにしても、出るべきところは出て、引くところは引く。そうかと思うと後半一気に前に出てきて全部持って行ってしまうとか。ケンコバ(ケンドーコバヤシ)さんや、ザキヤマ(山崎弘也=アンタッチャブル)さんとか、共演させていただくたびに勉強になる。

長谷川 皆さん、カンがいいというか、独特のセンスというか。トークを聞いていて返すのも、「あ、そっちなんだ」と気づかされることも多いし。

渡辺 芸の差なんだろうね。収録とはいえ、番組は「生もの」だし、特にトークやバラエティ番組の現場で生まれた「流れ」は、同じことを何度も繰り返せるものではない。常に戦いなんだよね。

長谷川 とにかく、目の前の仕事をこなすことが精いっぱいで、自分が出た番組をチェックする暇もなかったからな。

 (続きは書籍でお楽しみください。)


錦鯉(撮影・新潮社)

新潮社
2021年12月19日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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株式会社新潮社のご案内

1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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