『老いを愛づる』
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<書評>『老いを愛(め)づる 生命誌からのメッセージ』中村桂子 著
[レビュアー] 三砂ちづる(津田塾大教授)
◆複雑な生のかわいらしさ
かわいらしい、素直な一冊である。肩肘(ひじ)張らずに、すっと読める。文中に言葉が引用されている人は、中島みゆき、バカボンのパパ、フーテンの寅さん、「北の国から」の五郎さん、中村哲、グレタ・トゥンベリ、セヴァン・スズキ、「たそがれ清兵衛」の清兵衛、まど・みちお、山下清、志村ふくみ、ホセ・ムヒカ、緒方正人、石牟礼道子…。
この世に若干でも迷いや悩みや不安を抱えたことがある人は、この人たちの名前をよく知っていることだろうと思うが、これだけ並べられたら、一体、どうなの、と、逆にちょっと斜に構えてしまう人もいないとは言えないくらいの、まことに素直なラインナップではないか。
とにかく、気負いというものがぜんぜん、感じられず、さらさら読めてしまう。だからと言って、軽い本では、全くない。日本における「生命科学」創出に関わり、その最先端を走りながら、生命科学が細分化され、その構造と機能の解明に向かうことにラディカルな疑問を抱いた、中村桂子の本なのだから。
著者がたどり着いた「生命誌」の提唱から三十年。私たち自身が生きものであることを忘れないようにしよう、「私たち生きもの」、「私たち人類」、という視点を携えていこう、と言う生命誌。生きものとしての自分を考えることは、もちろん、生まれ、育ち、成熟し、老い、死ぬ、ことを観察する、ということでもありうる。
ラディカルな問いの、最先端を走ってきた人が、自らを観察して、老いは愛づるもの、というのだ。「蟲(むし)愛づる姫君」(平安時代の短編小説)が蟲を愛でるように、老いを愛づる。そのかわいらしさにこそ、この複雑極まりない時代の希望があるか。
「生きものって面倒なもの」だ、と著者はいう。答えが出ない問いを抱え続けるしかないこと。殺すことはいけない、とわかっていながら、いのちあるものを食べないわけにはいかない、という複雑さを抱えていくしかない、ということ。複雑さを手放さず、かわいらしくありたい。存在を愛づるための一冊なのだ。
(中公新書ラクレ・902円)
1936年生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。理学博士。『自己創出する生命』など。
◆もう1冊
中村桂子著『生きている不思議を見つめて』(藤原書店)