カルト宗教 vs. 名探偵 2022年を代表する本格ミステリ『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』試し読み

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奇蹟 vs. 探偵
病気も怪我も存在しない、奇蹟の楽園で起きた連続殺人
ロジックは、カルト宗教の信仰に打ち勝つことが出来るのか?

多重解決 × 特殊条件 × 白井智之
  ↓
息つく間もなく繰り出される推理、畳みかけるドンデン返し
圧巻の解決編150ページ!(全体の1/3強!)
  ↓
現代ミステリの極限!!

【あらすじ】
 病気も怪我も存在せず、失われた四肢さえ蘇る、奇蹟の楽園ジョーデンタウン。調査に赴いたまま戻らない助手・りり子を心配して教団の本拠地に乗り込んだ探偵・大塒(おおとや)は、次々と不審な死に遭遇する。
 密室での死体。不可思議な現場。切断された死体――。
 犠牲者はすべて、教団外の人間。これらは、本当に事故なのか?

各方面で話題沸騰!
2022年を代表するミステリから、冒頭の「前日譚」の章を無料公開!

 ***

  名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件▼目次

  前日譚
  発端
  訪問
  一日目  一九七八年十一月十五日
  二日目  一九七八年十一月十六日
  三日目  一九七八年十一月十七日
  四日目  一九七八年十一月十八日
  終焉
  後日譚

我々は自殺するのではない。
                       一九七八年十一月十八日
                          ジム・ジョーンズ

 はじめに子どもたちが死んだ。
「奇蹟は確かに存在する。怯えることはない。泣き叫ぶことはない」
 集落のあちこちに設置されたスピーカーから教父の演説が響いている。
 一九七八年十一月十八日、午後九時半過ぎ。ガイアナ共和国バリマ・ワイニ州、ポート・カイトゥマから南西へ十一キロの密林を切り拓いた小集落、ジョーデンタウン。
「わたしはきみたちを愛している。わたしはきみたちの旅立ちを最後まで見届ける」
 パビリオンのステージで教父のジム・ジョーデンが演説を続ける中、大人に手を引かれた子どもたちが寸胴鍋に列をつくっていた。料理係の二人の女がスポイトで紫色のジュースを吸い取り、子どもの喉の奥にそれを垂らしていく。
「このジュースはわたしが調合したものだ。決して苦痛を感じることはない。きみたちは眠るように旅立つだろう」
 ジム・ジョーデンは子どもたちにそう言い聞かせたが、数分後、無数の悲鳴が彼の嘘を明らかにした。汗にまみれて嘔吐を繰り返す子ども。息ができずに喉を掻き毟る子ども。泡を吹きながら襲撃者への怒りを口にする子どももいた。大人たちは泣きながら彼らを見守るしかなかった。
「なぜ泣く必要がある? 何も心配は要らない。神は我々に生と死を与えられた。我々は敬意を持ってそれを実行に移すのだ」
 一時間も経たずに、二六七人の子どもたちが死んだ。
 子どもの次は大人が、大人の次は老人が、ジム・ジョーデンの指示に従い、紙コップに注がれたジュースを呷った。
 ある農耕係の男は、料理係の女からジュースを受け取ると、「わたしのために世界と戦ってくれたのはあなただけでした」とジムに感謝を告げ、嗚咽を堪えながらジュースを飲み干した。彼はステージの下に膝を突き、地面に額を擦りつけ、ジムに祈りを捧げた。数分後に痙攣が始まっても祈りを続けたが、やがて意識障害が起こり、わけの分からないことを口走りながら死んだ。
 ジョーデンタウンの学校で校長を務めた男は、泣きながらジュースを受け取ると、子どもたちの死体を一瞥し、「ジム・ジョーデンさんはわたしのただ一人の神です」と呟いて、一息にジュースを飲み干した。彼はパビリオンを飛び出し、一年半働いた学校へ向かおうとしたが、百メートルほど走ったところで激しい頭痛と目眩に襲われ、その場所で息絶えた。
 ジョーデンタウンの牢舎で看守を務めた男は、何も言わずにジュースを飲み、無表情のまま車椅子を操ってパビリオンを出た。彼は人気のない空き地へ移動すると、長年苦楽をともにした車椅子を吐物で汚さぬよう、シートを降り、タイヤに背をつけて地面に腰を下ろした。数分で呼吸困難に陥ると、彼は草を掻き毟りながら死んだ。車椅子の左後輪は彼の尿でできた小池に浸かっていた。
 ジョーデンタウンの霊園で管理人を務めた女は、ジュースを受け取ると、同じ宿舎で暮らした仲間の顔を順に見回し、「生まれ変わってまた会いましょう」と異教徒めいたことを口走って、一息にジュースを呷った。ジムはマイク越しに「我々は神の国へ行くのだ」と女を戒めたが、彼女は「また会おう」「ここへ戻ってこよう」と繰り返した後、前頭部をベンチに叩きつけて死んだ。
 ある庶務係の女は、ジュースを受け取りながら優等生らしい口調で「ナチスがユダヤ人にやったような方法ではなく、こうして自分から死ねることを光栄に思います」と啖呵を切って、勢いよくジュースを飲み干した。同僚の女たちを集め、車座になって症状が現れるのを待っていると、ふいに喉と胸が猛烈に痛くなった。痛みのあまり呼吸ができなくなり、嘔吐しながら地面をのたうち回った。彼女はひどい詐欺に遭ったような気分だったが、涙を流すこともできず、やがて吐物を喉に詰まらせて死んだ。
 中には死を恐れ、パビリオンから逃げ出そうとする者もいた。ある料理係の女は当初、ジム・ジョーデンの指示に従おうとしたが、無数の呻き声を聞くうちに耐えられなくなり、密林めがけて駆け出した。だがわずか二十メートルほどで保安係の男に捕まり、引きずるようにしてパビリオンへ連れて行かれた。彼女は子どもと同じようにスポイトでジュースを喉に落とされ、周囲の信者に白い目を向けられながら、十分ほどのたうち回って死んだ。
 うまく密林へ逃れた者もいたが、大半は彼女と同じ運命をたどった。
 初めの子どもが死んでから三時間が過ぎた、午後十一時過ぎ。料理係と保安係の信者たちが、死体だらけのパビリオンで最後のジュースを呷った。
 呻き声は徐々に小さくなり、やがて静寂が訪れた。
「終わりましたね」
 ジム・ジョーデンの右腕として教団を支えた内務長官の男は、コップにジュースを注ぐと、自分の足音だけを聞きながらパビリオンの後方へ向かった。
 地面を埋め尽くすように死体が重なり合っている。サンフランシスコに本部があった頃、教会の畑にユスリカが大量発生し、慌てて殺虫剤を撒いたのを思い出した。目の前の光景は、あの朝の畑に似ていた。
 屋根のあるパビリオンを出ると、さまざまな色彩が目に飛び込んできた。地味なアイボリーやベージュよりも、オレンジ、パステルグリーン、ラズベリーピンクといった鮮やかな色味が目立つ。昨日からレオ・ライランド議員の率いる調査団がジョーデンタウンを訪れていたため、歓迎に華やかな服を着るよう指示を出していたのだ。
 あのお祭り騒ぎが、なぜたった一日でこんなことになってしまったのか。
 男は朝からの出来事を振り返ろうとして、すぐにやめた。無数の死体を前に、自分への言い訳を捻り出したところで意味があるとは思えない。もう手遅れだ。男は自分の愚かさを嘆くように顔の右半分を撫で下ろすと、コップに口を付け、喉へジュースを流し込んだ。
 ジム・ジョーデンはステージの椅子に腰かけたまま、虫の鳴く音に耳を澄ましていた。
 人の声は聞こえない。自分を崇める言葉も、罵る言葉もない。ジョーデンタウンはこんなに静かな場所だったのか。
 ジムは椅子から立ち上がると、杖を置き、死体の隙間に尻をついた。三時間前、保安長官の男に渡された回転式拳銃をジャケットから取り出す。息を一つ吐き、親指でハンマーを起こした。
 自責の念がないと言えば嘘になる。
 だがそれよりも胸に深く渦巻いているのは、怒りだった。
 自分はあの男に嵌められたのだ。
 急にやってきた、我々の苦労など何も知らない、余所者の男に。
 選択肢は他になかった。たった一つ残された、細く険しい道。そこに信者たちを誘うことで、自分は信仰を守り抜いたのだ。
 後悔はない。
 ジム・ジョーデンは左耳の裏に回転式拳銃の銃口を押しつけ、トリガーを引いた。

 前日譚

     1
 名探偵が死んだ夜、港には雨が降っていた。
昭和五十三年(一九七八年)十月三十日、深夜。宮城県石巻市の湾口を望む民宿〈海の庭〉から、二発の銃声が鳴り響いた。一発目は午後十一時十五分、二発目は十七分のことだった。
 主人は直ちに宿泊客の安否を確認した。この日の宿泊客は二組。母屋に泊まっていた親子連れに異変はなかったが、離れに泊まっていた単身の客は電話を鳴らしても扉を叩いても返事がない。主人がマスターキーで錠を開けると、客の男が腹から血を流して死んでいた。
 同じ頃、銃声を聞いた近隣住民が110番へ通報する。市街地を巡回していた南町交番の巡査が〈海の庭〉へ駆けつけ、土塀の前の道路に人が倒れているのを発見。遠目には子どもがふざけて寝転がっているように見えたが、近寄ってみると、それは胸を撃ち抜かれた小さな死体だった。
 日付が変わった十月三十一日の午前一時過ぎ。東京都中野区の雑居ビルの三階。
「大塒さん、事件です」
 ぬるい缶ビールを片手に受話器を取った探偵の大塒宗に、宮城県警本部の小牛田刑事部長はそう切り出した。
「石巻の民宿で二人が撃たれました。犯人は逃走中です。ぜひ手を貸してください」
 仕事終わりの冷えたビールを生きがいとする大塒がなぜぬるいビールを飲んでいたのかと言えば、長年連れ添った冷蔵庫のコンプレッサーが故障してしまったからだ。明日は万難を排して駅前のリサイクルショップへ行かねばならない。大塒は依頼を断ることにした。
「あいにく大事な予定があるんだ」
「被害者の一人が発見された場所は、錠のかかった密室でした」
 間髪入れずに言葉が返ってくる。半年前まで警視庁の捜査一課で理事官を務めていた小牛田は、大塒宗探偵事務所が得意とする領域をよく心得ていた。
「……そう言われてもな。こっちの予定も飛ばせないんだ」
「被害者の一人は大塒さんの同業者ですよ」小牛田はさらに切り札を抜いた。「探偵の横藪友介です」
 驚かなかったと言えば嘘になる。あの男が殺されたとなれば世間の注目も集まるだろう。だが。
「あんな詐欺師とおれを一緒にするな」
 大塒は横藪友介が嫌いだった。マスコミは日本一の名探偵などと臆面もなく囃し立てているが、四年前に消火器商一家が殺された事件の犯人を運良く突き止めたきり、まともな実績を上げていない。最近は『名探偵にまかせろ!』なるバラエティ番組で有名事件を偉そうに分析するタレントもどきに成り下がっていて、肝心の分析も当たったためしがなかった。
「そんな言い方はないでしょう。彼はテレビ番組で四つの未解決事件の犯人を言い当てたと聞いていますよ」
「いんちきに決まってんだろ」
「そうなんですか?」
「千歩譲って本当だったとしても、うちの事務所が解決に貢献した未解決事件は八つ。おれの勝ちだ」
 大塒が声を張り上げると、小牛田は呆れたように長ったらしく息を吐いた。
「大塒さん、横藪友介の人気に嫉妬してたんですね」
「切るぞ」
「ここまでは前置きです。被害者だけじゃなく、犯人も凄いんですよ」
 憎らしいことに、小牛田はまだ切り札を隠し持っていた。
「銃弾の痕跡から、横藪友介を殺した犯人は108号とみられています」
 今度は心の底から驚いた。
 あの連続殺人鬼が戻ってきたのか。
「ホテルに瓶ビールを用意しておいてくれ。冷やすのを忘れるなよ」
 小牛田が減らず口を叩く前に、大塒は受話器を置いた。

 街の水溜りが黒いシミに変わった、十月三十一日の午後一時三十分。助手の有森りり子を連れて〈海の庭〉の腕木門をくぐると、ぎぎぎぎぎ、と不吉な音が頭上から落ちてきた。
「何だありゃ」
 瓦屋根の上に風車の羽根をあしらった看板があり、“UMINONIWA” と丸っこい文字が並んでいる。風が吹くたびに看板が回転し、ぎぎぎぎぎ、と宿には似つかわしくない不吉な音を奏でていた。
「なかなかよくできてますね」
 りり子が感心した様子で呟き、カメラのシャッターを切る。そこへ小牛田が手帳を振りながらやってきて、二人を中へ迎え入れた。
「刑事部長自らお出迎えか」
「108号が現れたんですから、本部でコーヒーを飲んでるわけにはいきませんよ」
前庭を抜け、〈海の庭〉の母屋へ入る。
「警察の勘違いだったらただじゃおかねえぞ」
「銃弾を鑑定した結果、十年前に使われた拳銃と線条痕が一致しました。横藪友介さんを殺したのは108号です。間違いありません」
 警察庁広域重要指定108号事件の犯人とされる少年、通称108号は、昭和四十三年(一九六八年)十月に横須賀の米軍基地から西ドイツ製の回転式拳銃を盗み出し、十一月までに東京、京都、函館、仙台で警備員やタクシー運転手など十一人を立て続けに射殺した。
 現場に痕跡を一切残さない手際の良さから、警察は当初、三十代から四十代の累犯者または暴力団関係者を犯人と推定した。だが目撃者の証言が集まるにつれ、この推定は的を外していたことが判明する。最終的に警察が明らかにした犯人像は、前科のない素人、それも幼さの残る十代半ばの少年というものだった。
 無邪気で残忍、それでいて抜け目ない犯行に日本中が慄いたが、十一月の仙台の事件を最後に、犯人の足取りは途絶えてしまう。新たな手掛かりが見つかることもなく、捜査は進展しないまま十年の歳月が流れていた。
「恐怖の少年も今じゃ二十代半ばか」
「すっかり大人ですね。十年ぶりに事件を起こしたのは、横藪さんがしつこく挑発してくれたおかげでしょう」
 大塒も三日前、108号事件を取り上げた『名探偵にまかせろ!』の二時間特番で、横藪が「あのような社会の害虫は一刻も早く駆除すべきだ」と気炎を吐くのを目にしていた。
「108号はなぜ横藪さんがこの民宿にいると分かったんでしょうか」
 サンダルの並んだ三和土をカメラのレンズに収めながら、助手のりり子が尋ねる。
「週刊ドムズに連載されている『名探偵ヨコヤブの休日』というエッセイを読んだみたいです。横藪さんは二十日から〈海の庭〉に連泊していて、原稿に休暇の様子を記していました」
「自分から居場所を明かしたのか。世話はねえな」
「108号は昨日の午後十一時過ぎ、雨で視界が悪くなったところを狙って離れへ忍び込み、横藪さんを射殺したものとみられます。さらに裏庭から土塀をよじ登って逃げようとしたところで少年と鉢合わせし、口封じのため射殺したのでしょう」
 母屋の廊下を進むと、左手に裏庭が現れた。犯人が乗り越えたという土塀に鑑識課員がカメラのシャッターを切っている。手前には小池があり、睡蓮の葉が水面を埋めていた。軒先には〈神の池〉と立て札がある。池のくせに随分偉そうだ。
「108号に撃たれた少年は、なぜ夜中にこんなところを歩いていたんでしょうか」
 りり子の質問に答える代わりに、小牛田は封筒から二枚のポラロイド写真を取り出した。まず一枚目をこちらへ差し出す。
 ぼろ切れのような野球帽を被り、だぼだぼのジャケットを羽織った死体が道に倒れていた。ひどく痩せていて年齢が分かりづらいが、幼い顔立ちから察するに十二、三歳くらいか。両手で胸の銃創を押さえ、顔を苦痛に歪めている。唇からは大量の血が溢れていた。
「浮浪少年だな」
 大きすぎるジャケットが不格好だが、寒さを凌ぐには丁度良かったのだろう。
「雨を避けられる場所を探していたところ、塀から飛び降りる108号を見てしまったんでしょうね」小牛田はそこでスチール製の扉を開ける。「横藪さんが殺された離れはこちらです」
 そこは母屋の裏口だった。高台の上へ階段が延びている。二十段ほど上ると離れの簡素な引き戸が現れた。
「こちらの現場には奇妙な点がありました。大塒さんに協力を頼んだのはそれが理由です」
「密室ですね」
 りり子がファインダーから顔を上げ、小牛田が「まさしく」と頷く。土間で靴を脱ぎ、玄関を抜けて部屋に上がった。
 客室は十五畳ほど。死体は搬出されていたが、血を流しながら右往左往したような痕跡が畳に残っていた。横藪は絶命するまでに随分と悶え回ったようだ。
 小牛田が二枚目の写真を差し出す。薄手のシャツとデニムのパンツをまとった横藪が、畳の上で右を向いて倒れていた。太鼓腹が萎んで見えるのは血やら食い物やらが流れ出たせいか。
「遺体以外はすべて発見時のままです。犯人の遺留品は見当たりませんでした」
 小牛田に促され、大塒は部屋を見回した。玄関から見て右手に床の間、正面に板敷きの広縁、左手に大きな窓。やたらと眺めが良いのを除けば、どこにでもありそうな宿の一部屋だ。
 布団と浴衣はきれいに畳まれたままで、寝支度をした様子はない。床の間には何を描いたのか分からない掛け軸とYの形の枝が突っ込まれた陶器、その手前にはテレビと電話機、急須と茶碗の載った盆、コンセントの抜けた電気ストーブが並ぶ。広縁は海に面していて、ガラス戸から大漁旗を掲げた船や旋回する海鳥の姿が見えた。籘椅子の背もたれにはトレンチコートが掛かっている。左手の窓からは山に囲まれた街が一望できた。
「犯人は横藪さんが休んでいたところに侵入し、腹を撃ったと見られます。それなのに扉も窓も錠が掛かっていて、細工をした形跡もありませんでした。犯人はどうやって外に出たんでしょうか」
「腹を撃たれた横藪が離れへ逃げ込んで、自分で錠を掛けたんじゃねえか」
 大塒は思い付くままに答える。
「母屋や階段も調べましたが、血痕は離れの内部でしか見つかっていません」
「じゃあ扉を開けて夜の空気を吸ってたところを撃たれたんだ。二発目を恐れた横藪が錠を閉めた結果、期せずして密室ができ上がった」
「この離れは母屋よりも一・五メートル高台にあります。大塒さんの言う通りなら、犯人はここより低い場所から横藪さんを撃ったことになります。でも銃創の向きは水平でした」
 犯人は自ら離れを訪れ、真正面から横藪を撃ったということか。現場から煙のように消えることはできないから、扉か窓から外へ出て、何らかの方法で錠を閉めたことになる。
「引き戸のシリンダー錠を外から閉めるのは難しいだろうな。すると怪しいのは窓か」
 大塒は左手の窓に歩み寄る。一般的な三日月形のつまみは見当たらなかった。錠がないのかと思ったが、サッシを押してもびくともしない。大塒が立ち尽くしていると、小牛田がサッシと窓枠の間の窪みに指を入れ、小さなつまみをスライドさせた。
「一見、嵌め殺しのようですけど、こうすると開きます。少年が撃たれていた現場が見えますよ」
 そう言って窓を横へ開く。足元を見下ろすと、離れのすぐ近く─裏庭と土塀を挟んだ先に細い道路があり、赤色灯を持った警察官が突っ立っていた。
「こっちは大迫力ですね」
 りり子が同じ方法で、広縁のガラス戸を開ける。バルコニーの下は岸壁だった。マンションなら十階ほどの高さだろうか。波の弾ける音が足元から響いてくる。
「あっ」
 ふいに海鳥が現れ、爪の尖った足でりり子のカメラを掴んだ。頭上から急降下してきたらしい。りり子はカメラから手を放さなかったが、ズームレンズが外れ、音もなく白波に吸い込まれた。
「大丈夫ですか?」小牛田はりり子に駆け寄ると、「この部屋はろくでもないことばかり起きますね。探偵より祈祷師が必要かもしれない」わざとらしい軽口を言ってガラス戸を閉めた。海鳥は何もなかったような顔で青空を泳いでいる。
 ふと仮説が浮かんだ。
 もう一度、部屋を見回す。畳まれた布団。コンセントの抜けた電気ストーブ。籘椅子の背もたれに掛かったトレンチコート。そして床の間の電話機。やはりそうだ。
「昨夜の銃声の後、水に物が落ちるような音を聞いたってやつはいなかったか?」
 大塒が尋ねると、小牛田の目玉が膨らんだ。「母屋の宿泊客からその通りの証言がありました。どうして分かったんです?」
 当たりだ。
 大塒は血が煮え立つような興奮を覚えた。
 にわかには信じがたいが、すべての証拠は一つの真相を示している。
「108号の居所が分かった」

     2
 小牛田は頬を打たれたような、驚きと戸惑いの交ざった顔をしていた。
「わたしは密室の謎を解いてほしいと頼んだんですけど」
「分かってるよ。もちろん謎は解けてる」
「108号がどこへ逃げたかなんて分かるはずがないでしょう」
「横藪の死体を見て何かおかしいと思わなかったか?」
 大塒はポラロイド写真を小牛田の鼻先に突き出した。
「ここは東北の港町だ。やつが殺されたのは晩秋の夜更け。今日は太陽が出ているが、昨夜は雨が降っていた。この部屋も相当な寒さだったはずだ」
 小牛田が電気ストーブに目を向ける。コンセントは抜けたままだった。
「死体は薄手のシャツにデニムパンツという出で立ちだった。トレンチコートは籘椅子に掛けたまま。電気ストーブを点けた様子もない。布団を敷いて毛布を被っていたわけでもない。いくら何でも寒いだろ」
「つまり─」小牛田は腕を擦って、「どういうことです?」
「部屋で休んでいたとき、横藪は少なくともあと一枚、上着を羽織っていた。犯人は横藪を撃った後、上着を脱がせ、現場から取り去ったんだ。といっても持ち帰るのは手間だから、海へ投げ捨てたんだと思う」
「何のために?」
「上着が見つかると不都合があったからだ。そこには何らかの痕跡が残っていた」
「何らかの痕跡」小牛田は腕を組む。「犯人の汗とか唾とか、そういうのですか」
「違う。体液が付着するほど二人が接近していたのなら、横藪のシャツやデニムパンツにも痕跡が残っているはずだ。それならわざわざ上着を脱がせたりせず、死体を丸ごと海へ放り込めばいい」
「そりゃそうですけど。他に不都合な痕跡がありますか?」
「この事件の凶器は拳銃だ。拳銃を撃つと、撃ち手の腕や胸に硝煙や発射残渣が付着する。横藪の上着にも銃を撃った痕跡が残っていたんだ」
「いやいや」小牛田は虫を払うように右手を振った。「横藪さんは撃たれた側ですよ。どうして服に硝煙が付くんです」
「やつは自分で腹を撃ったのさ。海へ身を投げずに上着だけを捨てたのは、単純に飛び降りるのが怖かったからだ」
 小牛田の顔に浮かんだのは、驚きではなく呆れだった。
「横藪さんが自殺したと言うんですか? 上着を着ていなかったというだけの理由で。さすがに飛躍が過ぎますよ」
 大塒は空咳をして小牛田を制し、床の間を振り返った。
「おれが横藪で、誰かに腹を撃たれたとしよう。這い回ったような血痕が残っているから、撃たれてからもしばらく息があったのは間違いない。命が助かる見込みが薄くても、自分を撃った犯人がのうのうと逃げ延びるのは不愉快だ。さいわい客室には電話がある。おれなら内線で主人を呼んで、犯人がどこの誰か伝えるぜ。横藪がそうしなかったのはなぜか。言い残す犯人がいなかったからだ。横藪は撃たれたんじゃなく、自分で腹を撃った。これは事実だ」
「おかしいですね。死体の腹から見つかった銃弾と十年前に108号が撃った銃弾は線条痕が一致しています。どうして横藪さんが108号の拳銃を持っていたんです?」
「決まってるだろ。108号の正体は横藪友介だったんだ」
 小牛田の目玉がさらに膨らんだ。
「十年前、仙台でタクシー運転手を撃ち殺した横藪は、現場近くのどこか─無住寺の床下にでも拳銃を隠したんだろう。十年後、彼は休暇のため久しぶりに宮城を訪れ、思い出の品を取り出した。それを宿で矯めつ眇めつしていて、誤って暴発させちまったんだ。
 人生の残り時間が長くないことを悟った横藪は、どうにかして自分の正体を隠し抜く方法を考えた。さいわい窓の外は断崖だ。銃を海に捨て、玄関の扉を開けておけば、侵入者に撃たれたように見える。銃弾の線条痕が同定されても、自分が108号だとばれる可能性は低い。
 横藪は窓を開け、拳銃を放り投げようとした。だがそこで予期せぬ事態が生じる。表の道路から浮浪者の少年に姿を見られちまったんだ。横藪はとっさに彼を撃ち殺した。さらに硝煙反応で真相がばれかねないことに気づき、拳銃と一緒に上着を投げ捨てた」
「水に物が落ちる音の正体はそれですね」
「あとは窓に錠を掛け、扉を開けておけば一丁上がりのはずだった。だが戸口へ向かう途中で力尽きたせいで、凶器のない密室ができあがったんだ」
 大塒は足元に視線を落とした。畳の血痕の上に、絶命寸前の横藪の姿が浮かぶ。断末魔の呻きが聞こえてきそうだった。
「それじゃ108号の現在の居所というのは─」
「警察署の霊安室だな」
 大学の法医学教室に運ばれているかもしれないが、いずれにせよ警察の手の中にあるのは間違いない。
「十年前に日本を震撼させた事件の犯人が、よりによって名探偵としてメディアを賑わせていたとは。とんだ食わせ者ですね」
 小牛田はすっかり鼻息を荒くしていた。
「昨日の電話でも言っただろ。あいつは詐欺師だって」
「慧眼です。海上保安署と協力して海を捜索しましょう。拳銃が見つかれば一件落着ですね」
「何もないと思いますよ」
 数秒の間、それが誰の声か分からなかった。
 小牛田の顔から表情が消える。大塒も似たような顔をしていただろう。「え?」
「ですから、海を探しても拳銃は見つからないと思います」
 おっさんの自慢話に飽きたホステスのような顔で、りり子が言った。
「横藪友介さんは108号じゃありませんから」

     3
 ぎぎぎぎぎ、と玄関の看板が不吉な音を奏でている。
 大塒は離れに立ち尽くしたまま、呆然とそれを聞いていた。
 そんな馬鹿な。彼女も同じ結論に至ったものと思っていたのに。
「横藪さんは拳銃を海へ投げ捨てたんじゃないんですか?」
 小牛田が珍しく声に難色を滲ませた。
「違います」りり子は盆に置かれた茶碗を手に取ると、「押収されてないってことは、証拠品としての価値はないと思っていいですね」広縁のガラス戸を開け、海めがけて放り投げた。
「きみ、何てことを─」
 しっ、と唇に指を当てる。
 大塒は耳をそばだてた。波が崖に砕ける音だけが規則的に響いている。何秒経っても、茶碗が落ちる音は聞こえてこなかった。
「お聞きの通りです。わたしのカメラのズームレンズが落ちたときも、水が跳ねる音は聞こえませんでした。見たところ崖は三十メートルくらいありますから、小さな音は波の音に呑み込まれてしまいます。拳銃が落ちた音が〈海の庭〉まで届いたとは思えません」
「宿泊客から物が落ちる音を聞いたという証言が上がってるんですよ。それは幻聴だったと言うんですか?」
 小牛田が唾を飛ばす。りり子は涼しい顔で、裏庭に面した窓から外を見下ろした。
「あそこに〈神の池〉という小池があります。宿泊客の方が聞いたのは、あの池に物が落ちた音でしょう」
「横藪さんは拳銃を庭の池に捨てたと? 目の前に海があるのに?」
「それでは辻褄が合いませんよね。犯人は横藪さんじゃないですし、拳銃を池へ投げ捨ててもいない。大塒さんの推理は根本的に間違っています」
「有森さんは真犯人が分かっているんですか」
「名前や素性は分かりません。ただ108号の身体にはある特徴があります。その特徴をもとに情報を集めれば、身元の特定も可能だと思います」
 ふいにりり子は大塒の手から二枚の写真を抜き取った。
「大塒さんの言う通り、横藪さんの死体は上着が剥ぎ取られていました。犯人が上着を取り去ったのは、そこに何らかの痕跡を残してしまったからです。でもそれをやったのは横藪さん本人ではありません。この離れに連泊していた横藪さんなら、庭の池ではなく海に捨てるはずだからです」
 りり子は大塒と小牛田を交互に見ると、
「この窓はサッシと窓枠の間に錠が隠れていて、一見すると嵌め殺しのように見えます。犯人は過去にこの離れを訪れたことがなく、窓が開くことを知らなかったのでしょう。そのため横藪さんの上着を捨てられず、持ったまま〈海の庭〉を立ち去るしかないと考えます。でも上着を抱えたり脇に挟んだりしていたら、うまく土塀を登れません。上着を落とさずに〈海の庭〉を出る方法はただ一つ。犯人はそれを着たんです」
「ん?」小牛田は瞼が壊れそうなほど瞬きをした。「それって、浮浪者の少年のこと?」
「はい。道路で撃ち殺されていた男性は、明らかにサイズの合っていないジャケットを着ていました。彼が108号です。
 これは推測ですが、横藪さんを撃ったとき、108号は舌を噛んでしまったんじゃないでしょうか。横藪さんが死んでいるのを確かめようとして、ジャケットに血を垂らしてしまった。それでジャケットを持ち去る羽目になったんです」
 りり子が路上で見つかった死体の写真を持ち上げる。歪んだ唇から血が溢れていた。
「それじゃ、108号を撃ち殺したのは?」
「もちろん横藪さんです。108号は拳銃を置いてここを出ました。横藪さんが自殺したように見せかけ、あわよくば横藪さんを108号に仕立てようとしたんです。
 でも横藪さんには意識が残っていました。横藪さんは最期の気力を振り絞って玄関へ向かい、108号が戻ってこないように扉の錠を閉めます。さらにご主人に電話をかけようと部屋へ戻ったところで、窓の外の道路に108号の姿を見つけました。横藪さんは窓を開け、108号を撃ち殺しました」
 それはおかしい。それでは辻褄が合わない。
「横藪さんは我に返ります。拳銃を持ったまま絶命したら、自分が108号だと誤解されかねません。それでは108号の思う壺です。横藪さんは道路に倒れた男性こそが108号だと分かるよう、そこめがけて拳銃を投げました。でも力が足りず、拳銃は裏庭に落下。ちゃぽん、と音を立てて池に沈みます。横藪さんは朦朧としながらも、108号を撃ったことが分からないように窓を閉め、やがて息絶えました」
「年齢が合わないだろ」
 思いがけず険のある声が出た。りり子の眉が跳ね上がる。
「108号は十年前、十代半ばの少年だった。今は二十代半ばになっているはずだ」
「おっしゃる通り。道路で死んでいた男性は少年のような外見をしていました。でも少年ではありません。108号の身体に特徴があると言ったのはそのことです」
「馬鹿言え」大塒はりり子の手から写真をひったくった。「こいつが子どもじゃないって? どう見たって尻の青いガキじゃねえか」
「十年前、連続発砲事件が起きたとき、警察が当初推定した犯人像は三十代から四十代の累犯者や暴力団関係者でした。犯行の手際が良すぎたために警察が読みを誤ったとされてきましたが、実はこの推定が的を射ていたんです」
 りり子はわずかに憂いを帯びた目つきで、男が倒れていた道路を見下ろした。
「108号は大人になれない病気だったんですよ」

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 夜更けに事務所へ戻ると、待ち構えていたように電話機のベルが鳴った。
「法医学教室の先生に見てもらった結果、遺体が低身長症の成人男性であることが分かりました。108号はトビー症候群という先天性の代謝異常を患っていて、顔立ちが幼いのもそのためだったようです」
 小牛田が気まずそうに言った。これでりり子の推理が裏付けられたことになる。
「非常に珍しい病気で、日本人の患者は五、六万人に一人だそうです。欧米ではもっと多いみたいですけど」
 日本を恐怖に陥れた稀代の殺人鬼が、よりによってそんな希少疾患の持ち主だったとは。大塒はため息を吐いて、「わざわざどうも」と受話器を置いた。
 酒で脳をふやかさなければやっていられない。冷蔵庫から缶ビールを取り出そうとして、コンプレッサーが壊れていたのを思い出した。追い打ちをかけるようにドアが開き、もっとも会いたくない人物が事務所に入ってくる。
「お疲れさまです」
 りり子はリュックを下ろし、ズームレンズのないカメラをロッカーにしまった。
「お前も飲みたくなったのか?」
 仙台駅で助手と別れたのは、新幹線の座席に並んで座る気になれなかったからだ。りり子はソファへ腰を下ろすと、言葉を探すように数秒黙り込んでから、
「大塒さん、もうちょっと慎重になるべきですよ」
 あろうことか雇い主に小言を言い始めた。
「わたしが誤りを指摘しなかったら、横藪さんは殺人犯の汚名を着せられていたかもしれません」
「大げさだな。どうせ警察が裏取りするだろ」
「思い込みが捜査の間違いを生まないとは限りません」
「時代は大量生産だ。推理だって多いほうがいい。なんたって好きなほうを選べるんだから」
 冗談を言ってはぐらかそうとしても、
「大塒さんは探偵が加害者になりうることを自覚すべきです」
 りり子は一歩も引かなかった。
「わたしたちには本来、警察権がありません。でも警察の協力者という形で、実質的に捜査を左右しうる立場にある。そのことにもう少し責任を感じるべきです」
「勘弁してくれ。おれはもともと、この手の探偵になる気はなかったんだ」
「なってしまった以上、そんな言い訳は通用しませんよ」
 そんな正論は分かっている。大塒はぬるいビールを腹へ流し込んで、ささくれだった気分をごまかした。
「わざわざそれを言いに来たのか?」
「いえ。大塒さんに連絡事項がありまして」りり子はそこでふうと息を吐いた。「明日からニューヨークへ行くことになりました」
 人には慎重になれと言うくせに、彼女自身はどうかと思うほど腰が軽かった。
 りり子は大塒宗探偵事務所のアルバイトスタッフだ。表向きは大塒の助手、実際は事務所に所属するもっとも優秀な探偵で、おまけに東京大学文学部の宗教学研究室に所属する大学生でもある。
「アメリカなんかに何をしに行くんだ。生き別れた弟でも探すのか?」
 りり子は一瞬、言葉を選ぶように声を詰まらせ、
「コロンビア大学でアメリカ宗教学会の年次大会が開かれるので、シスター・セドラ率いる宗教グループの現在に関する報告を聞きに行きます」
 よく分からないことを言った。
「海外旅行か。羨ましいな」
「遊びに行くんじゃないですよ。六日に帰国するんで、七日には仕事に復帰できると思います」
「東大ってのはやっぱり景気が良いんだな」
「まさか。大学はお金を出してくれません。自腹です」
 りり子は「そうだ」と手首の数珠を鳴らして、リュックからしわしわのレジ袋を取り出した。
「神保町にたまに資料を買いに行く古本屋があるんですけど。昨日そこへ行ったとき、店長さんが掘り出し物を格安で売ってくれたんです」
 ビニール袋から出てきたのはカバー付きの上製本だった。えらく年季が入っていて、日焼けした紙が油紙のようになっている。表紙には中折れ帽にサングラスの怪しげな男が描かれていた。
「『探偵の教科書』の初版本。桑子九二男の署名入りです」
 見返しを開くと、鯰が踊ったような字で“桑子九二男”と書いてあった。
「この手のノウハウ本で署名入りって珍しいですよね。九千円だったので、一万円で買い取ってください」
 思わず唇が緩むのを堪えた。
「どこの書店で買ったんだ」
「えっと、確か」りり子はレジ袋からショップカードを取り出す。「石野書店さんですね」
「偽物だ」
「え?」
 りり子の目玉が飛び出た。
「桑子九二男の署名は草書体だ。ガキの頃、見たことがある」
「店長さんは本物って言ってましたけど」
「騙されたんだよ。桑子九二男がこんな幼稚園児みたいな字を書くわけないだろ」
 りり子は署名に目を落として、言葉にならない呻き声を上げた。事件を解決する才能が突出しているせいで忘れそうになるが、所詮は世間知らずの大学生なのだ。大塒はいくらか溜飲を下げた。
「百円で買ってやろうか? 落書きがあるから八十円かな」
「結構です。ニューヨークから帰ったらしっかりけじめを付けます」
 やくざのようなことを言って、りり子は『探偵の教科書』をリュックにしまった。
 古書店は小娘を騙してあぶく銭を稼いだつもりだろうが、うっかり引いた籤が悪かった。彼女に詐欺を働いたらただでは済まない。かつて円内神道が解散に追い込まれたように、石野書店とやらも甚大なツケを払うことになるだろう。
 このときはそう考えていた。
「たかが九千円でやりすぎんなよ」
 大塒が自分の読みが外れたことを知るのは、それから一週間後のことだった。
 りり子はニューヨークへ行ったきり、忽然と姿を消してしまったのである。

続きは書籍でお楽しみください

新潮社
2022年11月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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