“史実とどう向き合うか” 世界が絶賛するノンフィクション・ノベルの新刊と名作

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“史実とどう向き合うか”世界が絶賛するノンフィクション・ノベルの新刊と名作

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 邦訳新作『文明交錯』(橘明美訳、東京創元社)が話題のローラン・ビネ。彼の長篇デビュー作であり、各国で評判となった『HHhH プラハ、1942年』(高橋啓訳)が文庫化された。

 扱う題材はハイドリヒ暗殺。ナチの長官でユダヤ人虐殺の首謀者だった彼は、1942年、プラハに送り込まれた二人の青年によって殺された。

 本作の語り手であるフランス人の「僕」は、この史実をもとに小説を書こうと試みる。しかし膨大な資料を集めても、どうしても不明な部分が生じてしまう。故人たちの心情や会話はもちろん、車の色がわからないことに悩み、その迷いも作中に書き込まれていく。

 つまり本作の大きなテーマは暗殺事件の顛末というよりも、“史実とどう向き合い、どう書くか”なのである。最後に描かれる暗殺決行の日の様子やその後のナチの報復には言葉を失うが同時に、どこまでも書くことに誠実で不屈の「僕」の姿勢に感銘を受ける。

 実際の事件を小説的な手法で書いた作品といえば、あまりにも有名だが、トルーマン・カポーティ『冷血』(佐々田雅子訳、新潮文庫)が浮かぶ。一家殺害事件の犯人を含め関係者に徹底的に取材して書いた一作だ。作中に書き手は顔を出さないが、ビネの作品を読んだ後では、取材を通して著者が何を感じ、どんな苦悩があったのか、改めて気になってくる。

 一方、書き手の苦悩が滲み出るのはマイケル・ギルモアのノンフィクション『心臓を貫かれて』(村上春樹訳、文春文庫)だろう。

 1976年、ユタ州で二人の男を銃殺したゲイリー・ギルモアは死刑判決を受ける。当時は死刑廃止の世論が強く長らく執行されていなかったが、ギルモアは自らの銃殺刑を求め、人々に衝撃を与えた。

 本作の異色な点は、著者が著名な音楽ライターであり、ゲイリーの実弟だということだ。兄の関係者に取材をしながらも、自分たち一族の暴力の歴史とその暗部を赤裸々に綴り、著者自身の苦しみも滲み出て圧倒される。読者もまた、心臓を貫かれるのだ。

新潮社 週刊新潮
2023年5月25日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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