「好き」より「嫌い」を聞く理由――アメリカで活躍する吉田恵美の仕事術 『ニューヨークのクライアントを魅了する「もう一度会いたい」と思わせる会話術』試し読み

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 ニューヨークでインテリアデザイナーとして活躍する吉田恵美さんのはじめての著書が話題だ。

 吉田さんは、19歳の時にアメリカに留学。当初はほとんど英語が聞き取れなかったが、努力の末、アイオワ州立大学を卒業した。

 以来、インテリアデザイナーとしてアメリカで活躍し、現在では、300万人以上の専門家が登録する世界最大のデザインサイト「Houzz」で「Best of Houzz」賞を10年連続で受賞するなど、多くのクライアントに信頼されている。

 日本での中学高校時代、「すべてが普通」だった自分に劣等感を感じていたという吉田さんは、なぜいま第一線で活躍しているのか?

 アメリカで言葉と文化の壁を乗り越えながら身につけた仕事術について綴った著書の中から、クライアントの好みを知るための質問法を紹介します。

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「嫌い」を聞く

 ここからはデザインをする上で実際にどのような質問をしているのか、具体的な聞き方について説明していきます。
 相手にインタビューをする際、どれだけ的確で良い質問をできるかが、デザインの良し悪しにつながります。相手の情報をたくさん持っていれば持っているほど、実際にデザインをしていくうえで大きな助けになるからです。
 では、何から聞いていけばよいのか。
 まずは「嫌い」を聞くことです。
 暮らしの中において嫌だと感じているもの、不愉快なもの、障壁となっているものについて、とことんクライアントに考えてもらいます。デザイナーも受け身で聞くだけでなく、クライアントと一緒になって「あれも嫌いだ」「これも嫌いだ」と考えていきます。
 子育てをした経験のある方だと、思い出す光景かもしれません。子ども達に自由な発想で考えてもらうイメージです。この段階では、予算やデザインという概念を捨てて、ただ嫌いなものを全て吐き出してもらいます。
「この椅子が嫌いです」「この色は苦手です」「このタイルは嫌いです」などといった感じです。
 そして、「この椅子が嫌いです」と言われたら、「なぜ嫌いですか」「どこが嫌いですか」と質問を増やしていくことで、少しずつ負の要素となっている原因を突き止めていきます。色が嫌いなのか、形が嫌いなのか、座り心地が悪いのか、もしくは、何か嫌な思い出があるのか。「嫌い」の理由をじっくりと掘り下げていくことで、クライアントがふだん意識していない要素があぶりだされていきます。
 その質問の先にわかってきた「嫌い」の要素を、全てのインテリア空間から取り除いていきます。

「嫌い」を聞くことから悩みの解決へ

「嫌い」を聞いていくと、家具や空間とは全く関係ない日常生活の上での悩みなどの答えも返ってきます。
 たとえば、

・洗濯物がたまってしまう
・子ども達が勉強に集中できなくて困っている
・ご主人と奥さまの生活パターンが違う

 ……などなど。
 コミュニケーションし続けていくと、「リビングルームのテレビの位置が悪く、ソファの座り心地も悪い」「リビングの暖炉はこのままでいいけれど、テレビや絵画を置く場所がなくて困っている」などと、少しずつ細かな問題も出てきます。
 デザインを依頼する前には気がついていなかった自宅の不便な部分を再認識して、積極的に伝えてくれるようになります。「何が嫌いか」という一つの質問から、会話がどんどん膨らんで来ます。
 この過程で、クライアントは、日々の生活においてこれまで意識していなかった感情を見つめ直していきます。嫌いという感情は、住宅のインテリアデザインを進めるうえで、大きな手がかりを含んでいます。
 ここで大切なのは、そのこと自体の是非よりも、「嫌い」という感情の奥に何があるのか、その原因を突き止めて、問題解決策を練ることなのです。
 たとえば、子どもが勉強に集中できないで困っているとします。これは一見インテリアデザインの問題ではないように思われるかもしれません。しかし、全てに改善策があります。デスクのまわりに気が散るものがあるのか、周囲の音が気になるのか。ひとつひとつ理由を探っていくことで、たとえ完全に「解決」することができなくても、「改善」することができると私は考えています。

「嫌い」を尋ねる理由

 ネガティブな要素である「嫌い」を尋ねる理由は、大きく分けて二つあります。
 一つは、「嫌い」を聞くことで、相手の好きなものがわかってきます。「ガラスのビールグラスは嫌いだけれど、陶器のカップは温かみがあって好き」だとか、「植物のプリント柄は好きだけれど、花柄は苦手」だとか、クライアント自身がそれまで気づかなかった「好き」を知るきっかけになるのです。
 二つ目は「嫌い」を聞くと、クライアントが自分自身と向き合うきっかけができるのです。ただ単に、「嫌い」なものを聞くだけでなく、「なぜ嫌いなのか」を尋ねることで、クライアント自身に理由を考えてもらいます。そうすると、嫌いな理由をきっかけにして、それまで気づいていなかったクライアント自身のこだわりや執着心といったものが、浮き彫りになっていきます。
 インテリアデザイナーの仕事のひとつとして、「クライアント自身が気づいていなかった自分の気持ちに気づいてもらう」といったことを冒頭で書きましたが、この「嫌い」を聞くことは、その部分に直結する具体的な方法なのです。
 では、なぜ先に「好き」を聞かないのでしょうか? 
 答えは簡単です。人は好きなものを聞くと、あまりにもたくさんありすぎて、答えに悩むケースが多いのです。でも、不思議なことに、嫌いなものを聞くと、迷わずに表現ができるのです。
 そもそもクライアントは「I love this, I love that…」の連続です。何が好きかを聞くと「あれも欲しい、これも欲しい」となってしまいます。だから、「嫌い」を聞くことで、本当に好きなものは何なのかを気づかせることができるのです。
 相手の嫌いなものを知ることは、何をどのようにデザインしていくのかというおおまかなデザインプランニングにもつながります。数学でいうマイナスを一番最初に取り入れるわけです。まずデザインプランから嫌いな事や物を取り除いていく。その後に、相手が好きなものを徹底的に分析していくのです。

続きは書籍でお楽しみください

吉田恵美(よしだ・さとみ)
福岡県出身。高校卒業後、19歳で渡米。1994年アイオワ州立大学芸術学部インテリアデザイン学科を首席で卒業。アメリカの大手建築会社勤務を経て、2005年デザインスタジオ 「YZDA」を設立。ニュージャージー州とニューヨーク州を拠点に、主に個人住宅のインテリアデザイナーとして活動中。世界最大のデザインサイト「Houzz」で、「Best of Houzz」賞を10年連続で受賞。「シンプル&クラシックモダン」をコンセプトに、顧客のライフスタイルに寄り添ったデザインを提案する。インテリアのみならず、家具、照明、プロダクト等、トータルデザイナーでもある。2018年フジテレビ系「セブンルール」に出演。同年に東京オフィスを設立し、講演や執筆など活動領域を広げている。

新潮社
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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