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- 家康を愛した女たち
- 価格:825円(税込)
人質暮らしの幼い家康を養育した祖母・華陽院。父に離縁され、赤子の頃別れた母・於大の方。正室となり息子を生んだが、無残な最期を迎えた築山殿。関ヶ原の戦いまでの戦乱を共に生き抜き、盟友となった北政所。側室となり、豊臣方との交渉役を務めた阿茶局。徳川と天皇家を結ぶ役目を背負った孫の和子。世継ぎ決定の為、駿府に向かった家光の乳母・春日局――。
大河ドラマの主人公・家康の真(まこと)の姿を描く『家康を愛した女たち』(植松三十里著)より、第一章「華陽院」の冒頭部分を公開します。
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第一章 華陽院(けよういん)
永禄三(一五六〇)年五月十一日駿府・知源院にて
これはこれは元康どの。出陣前の慌ただしいときに、まして雨の夜に、こんな尼寺まで、わざわざお出ましとは。
あらまあ、こんなに濡れて。大事な時期に風邪でも引いたら、たいへん。この手ぬぐいを、お使いなされ。もう梅雨入りでしょう。
さあ、もっと灯りの近くへ。せっかく来てくれたのだから、この祖母に、よく顔を見せてくださいな。
いくつになられた? 十九? あの小さかった竹千代が、こんな立派になるとは。初めて駿府に来たときは、たしか八つでしたね。
思えば、あれから元服するまでの六年間、この尼寺で、そなたの世話をさせてもらったのは、本当に夢のようでした。
その竹千代が、こんなに立派な若者になったのですもの、私も歳をとるはずです。来年は、いよいよ古希ですよ。
いえいえ、そんな昔話をしている暇は、ありませんね。それよりも、このたびは、ご先鋒、おめでとうございます。
尾張の大高城(おおたかじょう)まで、そなたが兵糧を運ぶのでしょう。大高城は織田方に囲まれて、もう籠城が長いし、さぞや飢えていることでしょう。無事に兵糧が届けば、どれほど喜ぶことか。
ご先鋒に続く今川義元さまの軍勢は、総勢二万とも三万とも聞いていますよ。今川さまとしては、いよいよ本腰を入れて尾張を手に入れ、それから美濃、近江、ついには都まで目指すのでしょうね。
対する織田方は数千とか。それを軽んじる声もあるけれど、まずは、そなたが織田方の囲みを破って大高城に入るのですから、なかなかの覚悟が要りましょう。
大事なお役目の前だし、今夜は、すぐに、お館に戻るのでしょう。出陣の準備がありますものね。
あら、ゆっくりしていかれるのですか。もう今日のお役目はおしまい? それは嬉しいけれど、でも本当に大丈夫ですか。
ゆっくり話をしたいと? もちろん、私はかまわないけれど。かまわないどころか、大事な孫と話ができるなんて、本当は、とても嬉しいけれど。
そう? それなら今宵は少し話をしましょうか。もう私も歳だし、そろそろ、お迎えかと覚悟しているのです。お話しできる機会など、これが最後かもしれないし、前から伝えておきたかったこともあるから。
男の方のことについては、家が続く限り、誰かが書き残すでしょう。でも女の話は残らないから、聞いておいてくださいな。つまらない昔話かもしれないけれど。
何といっても、私が忘れられないのはね、そなたが人質として、初めて駿府に来たときのことですよ。
「わらわが祖母(ばば)ですよ。そなたの母上の母」と申したら、あなたは大きな目を、もっと大きく見開いて聞きましたよね。「どうして、母上の母上が、ここに?」と。
あのとき私は、はっきりとは答えませんでした。八つの子供には、難しい事情だと思ったから。以来、そなたは聞こうとはしませんでしたね。賢い子だから、聞いてはならぬことと自戒したのでしょう。
今日は、その理由も聞いてくださいましね。なぜ私が駿府にきたのか。そなたの両親もからむことだし、知っておく方がよいでしょう。
おしゃべり好きな年寄りの話だから、くどかったり、もう何度も聞いたことかもしれないけれど、それは許してくださいませな。
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