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- 血縁
- 価格:792円(税込)
コンビニの店員が男にナイフを突きつけられるなか、電話の音が響いた。【でていいか】店長が差し出したメモを見ても、男は何も答えなかった――(「文字盤」)。ほか全7編。
短編ミステリーの名手・長岡弘樹 による、情感豊かな犯罪小説集『血縁』より、「文字盤」の一部を公開します 。
***
文字盤
1
寺島俊樹は、周囲に人気(ひとけ)がないのを確認してから、目出し帽を被った。
コンビニの自動ドアを開け、店内に入る。
レジカウンターの向こう側にいる店員は、初老の男だった。年齢は六十を超えたぐらいか。ボールペンを持ち、カウンターに屈み込んでいる。
「いらっしゃいま――」
顔を上げた店員は、こちらと目が合うと、口を開けたまま固まった。
寺島は、まっすぐレジに向かった。まだ棒立ちになっている店員と向き合う。彼の胸元に目をやると、ネームプレートには『店長 うちむら』と書いてあった。
その内村に、寺島は隠し持っていたナイフの刃先を向けた。
「喋るな」
内村が半歩ほど後退(あとずさ)る。
寺島は内村の手元を見た。いま書いていたのは伝票のようだ。
「レジ」と寺島は短く続けた。「開けろ」
このとき店内に電話の鳴る音がした。音はレジ横の事務室から聞こえてくる。
すると内村は、手にしていたボールペンを伝票の上に走らせ、文字を書きつけた。
寺島はその紙に目を落とした。
【でていいか】
と書いてあった。達筆だった。走り書きだが、はっきりと読める。
内村はボールペンを手放し、今度はしきりに事務室の方を指さし始めた。
その仕草で、【でていいか】の意味するところが明確になった。いま鳴っている電話に応答してもいいか、と内村は訊いているのだ。
その問いかけに、寺島はイエスともノーとも答えなかった。ただナイフの刃先をもう一段階前に突き出し、「レジ」と「開けろ」だけを繰り返した。
内村がレジを開けた。
電話はまだ鳴り続けている。
寺島はカウンター越しに手を伸ばした。そして、レジにあった一万円札を三枚鷲掴(わしづか)みにすると、入ってきたドアから急いで外に逃げた。
足を止めたのは、店を出て十メートルばかり走ってからだった。
寺島は体の向きを変えた。目出し帽を脱ぎながら店内に引き返し、たったいま奪ったばかりの三万円を内村の手に返してから訊ねた。
「こんな感じでしたか」
受け取った紙幣をレジにしまいながら、内村が答える。
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