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芋がら縄は里芋の茎・ズイキでこしらえた縄である。
足軽雑兵の家族がこれを縄ないし、荷駄をまとめるのにもちい、陣についたら、この垢や汗、埃で汚れた縄を少しずつ切って、味噌汁の具とする。
上級武士が厭う芋がら縄の汁だが安芸東西条代官・弘中隆兼は好んですすった。
木の枝に吊るした鍋を下から温める火が隆兼の太眉、大きな二重の目、獅子鼻、浅黒く角張った顔を赤く照らしている。
隆兼は玉杓子で芋がら縄と干し葱、そして足軽が春の野で摘んできたやわらかく旨みのある草、嫁菜を入れ、味噌玉を放った汁を、大きく掻きまわしている。
「ここにな……生姜を入れる。さすれば体がほかほかと温まる」
隆兼が生姜を投入すると、鍋をかこむように見下ろし、早く食いたくてうずうずしている髭面の兵士たちが、おおお、とどよめく。
満天の星が隆兼と足軽雑兵を見下ろしていた。
隆兼たちの周りでも、いくつもの火が焚かれ、弘中の郎党や、雑兵が、飯を炊いたり、味噌汁をこさえたりしていた。
中には小便を温めて矢傷が痛む仲間に塗っている者もいる。
矢傷や刀傷の痛みには、小便が効くと言われているのだ。ちなみに、鬱血の薬には馬の小便をもちいる。
隆兼の屈強な腕が、味噌汁を椀にそそいでゆく。
「さあ、食え」
後は山盛りの白米。
それでも足りぬ者は、三角形に固めた焼き塩や、煮干しを食らう。
兵たちは喜びをにじませて炊き立ての白米を喉が詰まる勢いで口に入れ、隆兼がつくった熱い生姜入り味噌汁を目を瞑りながら飲み込む。至福の時が、逃げてゆかぬよう、目を閉じるのだろう。
隆兼は満悦気な面差しでそれを見ながら白米を豪快に口に入れた。
『炊き立ての白米をたっぷり食わしてやれ。危急の時は、干し飯、生米をかじらせることもあろうが……干し飯、生米が二日つづくことは断じてならぬ。美味い飯を食わしてやることも、大将の立派な才覚ぞ』
総大将の言葉だった。
雑兵は、普段は百姓をしているので、戦でもなければ白米などまず食えない。百姓の常食と言えば玄米の雑炊ならまだよい方で、赤米か雑穀の粥と相場が決っている。
赤米とは白米よりずっと粗悪な米である。
足軽は、武士の最下層だが、その出自を見れば、百姓の次男坊か三男坊、町のあぶれ者が多いから、常の食事は百姓とそう変らない。
『白米を食うのが楽しみで戦に出る者も多いのだ……』
総大将──陶晴賢はこうも言っていた。
元就が厳島にわたった日、弘中隆兼は石見国三本松城をかこむ陶晴賢の陣中に、いた。
三十四歳になる弘中隆兼は十一年前、同い年の晴賢が、さる大戦で負け、辛く長い道を敗走する時、自らは雑魚の腸で飢えをしのぎ、水溜りの泥水で渇きをいやし、足軽雑兵には──腹いっぱいの米を食わせる姿を、見た。
人は危機の時、本性をさらけ出すと隆兼は思っている。
晴賢が危機の折見せた清々しい姿は……隆兼を心底から感服させた。
この男をささえてゆきたいと、強く思った。
晴賢は西国無双の剛将と恐れられる勇猛な武将であったが、時として短慮さが目立つ。
そんな晴賢のいたらぬ点をおぎなうために己がいるのだという密かな自負が、弘中隆兼にはある。
弘中家は西国最大の大名・大内家の譜代の臣で、代々、安芸東西条代官をまかされた。
安芸東西条代官とは──安芸に在る大内領の全てを管理し、毛利など、大内方の安芸国人に指図する役目で、事実上の「安芸守護代」と言っていい重職である。
隆兼は安芸の大内方武士をよくまとめ、安芸備後の尼子方と幾度も戦い、大内領の東を守ってきた。
そんな隆兼だが、陶晴賢が大内義隆を弑逆した大寧寺の変では──陶方としてはたらき、毛利をはじめ安芸国人の一部を陶側に引き込む役割をになった。
原因は、隆兼の中にあった大内義隆への深い失望、そして晴賢への感服であった。
隆兼は飯を食いながら、
「そなたが孫五郎で……お主が犬五郎であったか」
雑兵たちが、口々に、
「へえ」「いや、おらは犬蔵にござるっ」
「あ……すまん、すまん。孫五郎に犬蔵な!」
足軽の名はよく覚えている隆兼だが、この戦のために駆り出された雑兵の名は幾度聞いても忘れてしまう。
むろん、宿陣で食事することもあるのだが、こうやって兵たちの間をまわって食事することもしばしばだった。
晴賢は、そんな隆兼を見習えと諸将に言ってくれる。
飯を食い終えた隆兼は郎党、和木三八と共に腰を上げている。
いくつもの火に照らされた談笑を微笑みを浮かべて眺めながら、隆兼と三八は宿陣の方へ歩んだ。
隆兼が陣取っているのは、村である。
この村の衆は陶の大軍二万を恐れ、今は三本松城に入っている。
だから隆兼が来た時点で──村は空だった。
隆兼は名主が住んでいたと思われる一際大きな百姓家を宿陣とし、三八ら主だった家来も人が消えた家に入った。
足軽雑兵は、見捨てられた畑や、萱場(かやば)が広がっていた所などに、鎧を脱いで、空をあおいでやすむ。
雨が降れば彼らは木陰に身を寄せたり、深手を負った者を収容している百姓家の物置などに入ったり、蓑をかぶって静かにやりすごしたりするのだった。
さる火の傍で隆兼は鎧を脱いだ大男が下手な唄を歌っているのをみとめた。
「平六ぅ」
隆兼は歌う大男の逞しい両肩を後ろからむずとつかんでいる。
「何しやがるっ!」
平六という大柄な足軽はきっとなって振り返り、怒気と酒気がまじった息が、隆兼にかかる。
が、すぐに髭もじゃの平六は隆兼と気付き、目を泳がせて狼狽えた。
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