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- アリスとテレスのまぼろし工場
- 価格:748円(税込)
製鉄所の爆発事故により出口を失い、時が止まった町で暮らす中学3年生の正宗。変化を禁じられ鬱屈した日々を過ごす中、謎めいた同級生の睦実に導かれ、製鉄所の第五高炉へと足を踏み入れる。そこにいたのは喋ることのできない、野生の狼のような少女――。正宗と2人の少女の出会いは、世界の均衡が崩れるはじまりだった。止められない恋の衝動が行き着く未来とは。岡田麿里監督がみずから執筆した、劇場アニメの原作小説!
映画「アリスとテレスのまぼろし工場」は2023年9月15日(金)に全国公開予定。公開前に読んでおけば映画を100倍楽しめること間違いなし! の本書より、冒頭部分を特別公開いたします。
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見伏(みふせ)で暮らす人のほとんどは、製鉄所で働くことになる。
菊入正宗(きくいりまさむね)の父も、祖父も、叔父(おじ)も。皆、もれなくそうだ。よほどの強固な意志が目覚めなければ、きっと正宗もそうなるだろう。
痩(や)せたこの土地に新見伏製鉄ができたのは、祖父がまだ若かった頃。おかげで他所(よそ)から人は集まってきたが、いくら栄えても新しくできるのは作業員をターゲットにした飲み屋ばかり。子供向けの娯楽施設などはほとんどなく、どこかうら寂しさは残った。それでも、見伏に生まれただけで太い就職先のコネがあるようなもので、暮らしもそこそこに潤い、なんとなくの発展性のない気楽さを誰もが持っていた。
製鉄所は、ひっきりなしに煙を吐き出す。
ただでさえ山に背後を塞(ふさ)がれ、海側の眺めも入江に阻まれた、風通しの悪いこの土地だ。製鉄所の煙はここで生まれてここで死ぬ、見伏で人生を終始する人々に向けた火葬場の煙のようだと、中学生らしい思考で正宗は思っていた。
でも、あの夜の煙は違った。
『ラジオネーム、よく寝る子羊さん。受験なんてもうやだ。誰か助けて、死にそう』
あの日、菊入正宗は友人達と受験勉強をしていた。
炬燵(こたつ)に入って、ラジオをかけながらだらだらと。小太りでお調子者の笹倉(ささくら)は、堂々と漫画を読んでいる。「今を生きろ、この瞬間を! くらえ、哲学奥儀エネルゲイアぁあああ!」自分とは正反対な、華奢(きゃしゃ)で気弱そうな仙波(せんば)に体当たりをかける。「痛いって、もう、ちゃんと勉強しなってば」
つけっぱなしのラジオから流れるのは、DJの高くて癖のある声。
『今は逃げ場がない感じ。なりたいもんもないし、未来にきょーみなんてないし。どこまで行っても、暗闇って感じで』
年の離れた兄の影響か、服装も態度も大人びた新田(にった)が「どーでもいいこと、わざわざラジオに送んなって」と鼻で笑った。「受験なんかで、生きるの死ぬのって。馬鹿らしい」
岡田 麿里(おかだ まり)
アニメーション監督、脚本家。2011年『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』、15年『心が叫びたがってるんだ。』、19年『空の青さを知る人よ』など数々のヒット作の脚本を担当。18年公開の初監督作品『さよならの朝に約束の花をかざろう』が第21回上海国際映画祭で最優秀アニメーション作品賞を受賞するなど、アニメーション監督としても注目を集めている。23年には、脚本を担当した『ONI~神々山のおなり』が第50回アニー賞のテレビ/メディア部門で作品賞を受賞。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』では、みずから小説版も執筆。本作が2作目の長編小説となる。
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