黒のソファにピンクのラグの組み合わせ……クライアントが「素晴らしい!」と絶賛した事例とは? 『ニューヨークのクライアントを魅了する「もう一度会いたい」と思わせる会話術』試し読み

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『ニューヨークのクライアントを魅了する「もう一度会いたい」と思わせる会話術』を刊行したインテリアデザイナーの吉田恵美さんは、世界最大のデザインサイト「Houzz」で「Best of Houzz」賞を10年連続で受賞するなど高い評価を得ている。

 吉田さんはプロとして、クライアントの要望に100%で応えるだけでなく、「相手の期待の上をいく」ことが大切だといいます。そのために心がけていることとは?

顧客をあっと言わせるアイディア

 デザインの発想力や想像力、アイディアは、過去の経験やインテリアの知識の蓄積、それに加えて最新の情報から生み出されます。正直なところ「あっ、これだ!」というひらめきが散る瞬間は、論理的に説明できないことも少なくありません。
 クライアントが要望、要求しているものだけを考えていては、「あっと驚くような」デザインは生まれません。要求されるものをただ探して、選んでくるのであれば、インテリアデザイナーならずとも、多少の知識がある人であれば誰でも同じ作業ができるでしょう。そうではなくて、じっくりと時間をかけて、試行錯誤の末に、オリジナルなアイディアに沿ってベストな解答を見つけ出す――。それをクライアントにプレゼンできてこそ、本当のプロの仕事であり、クライアントを驚かすことができるのだと考えています。
 私には、クライアントをあっと驚かせることを表現するマジックワードがあります。アイディアがどのようにして生まれているのか二つの事例で綴っていきます。

Wow Factor (ワオ・ファクター)

 一つ目は、デザインの中にクライアントが予期していない要素を取り入れて、「凄い」と思ってもらうことです。これを私は「Wow Factor」と呼んでいます。“Wow!”というのはアメリカ人が驚いた時にあげる声です。
 このワオ・ファクターはクライアントを驚かせるばかりでなく、一歩間違えれば、クレイジーアイディア、つまり「これはやり過ぎ」と拒否されるような要素にもなります。拒絶されるギリギリの手前で「凄い」と思われる要素を取り入れる。でなければ、真に人を驚かせることはできません。

「Wow Factor」の実例をひとつご紹介します。
 ニュージャージー州の自宅にライブラリー(書斎)を増築したいという依頼でした。クライアントは、ニューヨークの金融街ウォール・ストリートで働く実業家です。
 増築する書斎は、彼が仕事をしたり、家族とテレビを観てくつろいだりする部屋にしたいという要望でした。シンプルであるより、デコラティブな空間を希望されていました。
 室内は書籍や自分が集めてきた彫刻を並べ、安らぐ空間ではなく仕事のテンションを上げる、エネルギッシュな空間にすることと、色にこだわりを持たれていました。「男性的な匂いのする、他の人が持っていない空間を作ってください」との依頼です。
 間取りを考え、設計している間も、いつでもクライアントの話を聞くようにして、全ての要望にどう応えていくのかを整理していきます。

・ヨーロッパにいるかのように感じられて、かつ男性らしい色調の部屋
・壁一面が書籍や彫刻を飾る棚であること
・収納は少しだけで良いこと
・仕事以外の時は子どもたち(女の子二人)と奥さまとテレビを観ることができること
・家全体のデザインと調和が取れていること
・家全体の中でも、その部屋だけは自分の個性が光るもの

 では、実際にどの様に表現したのでしょうか?
 まず、細部まで内装の設計をし、特注のオリジナル家具のデザインを行いました。その過程で、家具、照明、窓の装飾などのプレゼンも行います。先方の条件の一つが「落ち着きのある男性らしい色合いの部屋」ということでしたので、部屋の壁と全てのオリジナル家具をダークカラーにし、その空間を引き立たせるために天井だけを白として残しました。
 床に敷くラグ(毛織物)のデザインはクライアントの想像を遥かに超えていたようです。
 ラグの前に提案したのがソファだったのですが、生地はベルベット素材で、ブリーチ(脱色)加工され、防水加工も施された一風変わったものでした。色は光の加減によってダークブルーにも見えるようなブラックでした。
 その次にラグを提案しました。ご主人も奥さまも「はっきりした色のラグがいい」と言っていたのですが、色もデザインも思いつかないということで、私に任されていました。そして私が考えたのは、高級感のあるベルギー製で、色はとても明度の高いピンクだったのです。
 ラグのプレゼンを始めた瞬間に、彼の顔には笑みが浮かび、大きな声でこう言いました。「これは今までに見たことがない大胆なラグだね」「これはサトミでないとダメだな」と。なぜ、黒のソファにピンクのラグを合わせるのか、どうしてこの空間にそれを入れたのかを論理的に説明し、ベルギーで作られたラグの持つ「ストーリー」を伝えました。すると、クライアントはこう口にしました。
「Wow! It is amazing!」
 クライアントの話を聞き、私の話も聞いてもらい、徹底的にコミュニケーションをとるうちに、彼の好みを発見しました。そして彼が高揚感を覚える部屋にすることができたのです。

続きは書籍でお楽しみください

吉田恵美(よしだ・さとみ)
福岡県出身。高校卒業後、19歳で渡米。1994年アイオワ州立大学芸術学部インテリアデザイン学科を首席で卒業。アメリカの大手建築会社勤務を経て、2005年デザインスタジオ 「YZDA」を設立。ニュージャージー州とニューヨーク州を拠点に、主に個人住宅のインテリアデザイナーとして活動中。世界最大のデザインサイト「Houzz」で、「Best of Houzz」賞を10年連続で受賞。「シンプル&クラシックモダン」をコンセプトに、顧客のライフスタイルに寄り添ったデザインを提案する。インテリアのみならず、家具、照明、プロダクト等、トータルデザイナーでもある。2018年フジテレビ系「セブンルール」に出演。同年に東京オフィスを設立し、講演や執筆など活動領域を広げている。

新潮社
※この記事の内容は掲載当時のものです

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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「新潮」「芸術新潮」「週刊新潮」「ENGINE」「nicola」「月刊コミックバンチ」などの雑誌も手掛けている。

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