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- 5分後に意外な結末 赤い悪夢[改訂版]
- 価格:1,210円(税込)
小中学生から大人まで楽しめると話題の『5分後に意外な結末』(桃戸ハル編、Gakken)。「短く」読めて、最後に驚愕の「どんでん返し」がある最強のアンソロジー作品シリーズから、改訂版「赤い悪夢」のうち一話を公開します。
あなたはこの結末を予想できるか――。
(※掲載作品にはルビがふられていますが、試し読み用の本編にはルビはふられていません)
代行のプロ
今日の酒は、ひどく苦い。
グラスにそそがれた琥珀色のウイスキーを一口飲んで、男は顔をゆがめた。しかし、それは、酒が悪いわけではない。男が酒をあおるきっかけとなった、上司のせいだ。
男は会社で、毎日のように上司からパワハラを受けていた。
「お前は無能だ」とか「新入社員のほうがマシだ」とかは、まだいいほうで、今日も会議資料の準備が遅れてしまっただけで、「裸になって土下座しろ! できないなら永遠に俺の前から消えろ!」と、ほかの社員も見ている前でののしられた。資料の準備が遅れたのだって、その上司があれもこれもと、雑事をすべて男に押しつけてきたせいだというのに。
「クソ上司が……。なんであんな害悪みたいなヤツが、ひとの上に立ってるんだ。こっちこそ、お前みたいな上司には、目の前から消えてもらいたい。……いや、目の前から消えるだけじゃ気が済まない。同じ空気を吸っていることも許せない。いっそこの世から消えてもらいたい」
ブツブツとつぶやきながら、ふたたび苦い酒をすする。そのとき、声をかけられた。
「お客さん、だいぶ鬱憤がたまっているみたいですね」
声をかけてきたのは、カウンターの奥で氷を砕いていたバーテンダーだった。すらりと背が高く、黒髪を固めすぎない程度にワックスで整えており、黒いベストと蝶ネクタイが様になっている。なかなかの好青年だ。このバーテンダー目当ての女性客も多いに違いない。
そんな好青年に、「クソ上司が……」というつぶやきを聞きとめられたのかと思うとバツが悪く、男は「まぁ、その……」と言葉をにごした。しかし、バーテンダーはバカにする様子もなく、軽快に氷の塊をアイスピックで削り続ける。
「お仕事、大変なんですね。僕も、いろんな仕事を転々としてきたので、わかります。人を人とも思わないような人間が、世の中には一定数いるんじゃないですか。なんで、ああいう人間は絶滅しないんでしょうね」
「俺の上司も、その上司を野放しにしているヤツらも、絶滅してほしいですよ」
そのあとは堰を切ったようにグチがあふれ出てきた。そして、グチをこぼした分だけ、酒の苦味が少しずつ薄れていく。
「なるほど。それだけのことをされれば、殺してやりたくもなりますね」
さわやかな笑顔で、これまで口にはしなかった言葉をはっきりと言うバーテンダーに、男の心はわずかに救われた。しかし、同時に今度は情けなさが込み上げてくる。
「『殺してやりたい』なんて思っても、それを実行できるわけないんですけどね。上司を殺して犯罪者になるのは嫌だし、そもそも人殺しをする度胸なんて、僕にはありません。そんな度胸があったら、ぶん殴ってやるか、とっくに上司を訴えてますよ。それさえできないのが自分です」
男は、自潮的な笑いを隠すようにグラスを持ち上げ、ウイスキーをなめた。
すると、その様子をじっと見つめていたバーテンダーが、静かに口を開いた。
「よろしければ、僕が助けてさしあげましょうか?」
「え?」
どういう意味なのかがわからず、男はグラスを持ったまま、きょとんとバーテンダーを見つめ返した。するとバーテンダーが、カウンターの向こうから、おもむろに顔を寄せてきた。
「実は僕、プロの代行業者なんです。今日、ここでバーテンをしているのも、急病で欠勤したバーテンの代行なんですよ。ご依頼いただければ、なんでも代行します」
「代行って……家事代行みたいなことですか?」
「僕が代行するのは、家事に限ったことじゃありません。犬の散歩でも、庭掃除でも、たとえば、会社の大事なプレゼンに代わりに出ることも、ある女性が別れたいと思っている彼氏に、僕が代わりに別れ話を切り出すこともできます。最近では、ケガをした役者の代わりに舞台に出てほしいという依頼や、スランプに陥った作家の代わりに小説を書いてほしいという依頼も受けました。とにかく、依頼があれば、なんでも代行します。『プロの代行業者』は、なんでも代行できないといけないんです」
「なんでもできる……本当に?」
犬の散歩や庭掃除ならともかく、役者や小説家の仕事は専門性が高く、「代行」などできるとは思えなかったが、バーテンダーは当然と言わんばかりに微笑みを崩さない。
「もちろん、完璧に代行するために、いろんな分野の勉強や研究をして、自己研鑽を欠かしませんよ。シミュレーションやトレーニングにも十分な時間をかけます。そのおかげで、僕に代行できないことはありません。だから『プロ』なんです。ですから─―あなたがためらう殺人を、僕が『代行』してあげますよ。僕は『代行のプロ』ですから、絶対に失敗しません」
ガシュッ、と鋭い音がして、バーテンダーの手にあった氷の塊が、あっけなくアイスピックに砕かれる。氷の粒のきらめきをまとったバーテンダーは、どこか神秘的にさえ見えた。
「もちろん、プロとして、依頼人の秘密は守ります。その上司の方が亡くなっても、あなたになんらかの疑いがかかるようなことには、絶対になりません。アリバイ工作の心得も、ありますので」
「それも、『代行のプロ』だから? でも、根拠は何もないですよね?」
男の問いかけに答えることなく、バーテンダーは、にっこりと優美に微笑んでみせた。
その微笑こそが、このバーテンダーを信じられる最大の根拠のように、男には思えた。
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