引っ越しの翌日ネコが行方不明に…! 捜索のプロ「ペット探偵」が明かす“チラシ”と“地図”の重要ポイント

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どこへ行ってしまったのだろうか…(※画像はイメージ)

 2023年末に一般社団法人ペットフード協会が発表した調査によると、ネコの飼育頭数は906万9000頭になったという。犬の飼育頭数が減少するなか、根強い人気を保っている。SNSにはネコの可愛らしい写真や動画が溢れ、彼らを家族として大切にしている人も多いことだろう。

 しかし、楽しいその共同生活にはしばしば“失踪”という危険がつきまとう。動物の捜索ひとすじ二十余年の経験が詰まった『210日ぶりに帰ってきた奇跡のネコ』(新潮新書)を上梓した「ペット探偵」の藤原博史氏が“最愛の家族”との再会ドラマを明かした。

(前後編の前編)
※以下は「週刊新潮」2020年2月27日号をもとに再構成したものです

 ***

 私が神奈川県藤沢市で「ペットレスキュー」を設立したのは1997年。以来、イヌやネコをはじめ、フェレットやプレーリードッグ、ウサギ、モモンガからヘビ、インコまで、飼い主のリクエストであらゆるペットを捜索してきました。件数にしてざっと3千、うち7割は依頼者のもとにお戻しし、ネコに関しては8割ほど見つけてきました。今回は、その経験の中から特に印象深い事例をお話しすることにしましょう。

 一般社団法人「ペットフード協会」が2023年に実施した調査では、全国のイヌとネコの飼育頭数はざっと1591万頭にのぼります。程度の差こそあれ、ある日突然に最愛の家族がいなくなるリスクは、飼い主の皆さんに日常的について回るわけです。今回の記事が、そうした万が一の事態を未然に防ぐ、あるいは早期解決の一助となれば幸いです。

「ネコが1匹いなくなりました。いえ、家で飼っているのではなく、うちに餌を食べにくる子です。すぐに葉山まで来てもらえないでしょうか」

 2017年の3月、佐藤さんというご夫婦から電話を受けた私は、やや面喰いました。餌を食べにくる程度なら、よその家の飼いネコかもしれません。そんな動物を探してほしいとは、一体どんな理由があるのか。ひとたび私が動けば、捜索費用も発生するというのに――。それでも、電話口の切羽詰まった声に、私は思わず「行きます」と即答していました。

 葉山(神奈川県)の現場に着くと、佐藤さんの家の近くには神社を囲むように鎮守の森が広がり、建ち並ぶ家々はみな大きく、別荘地のような雰囲気でした。野鳥やリスまで生息しています。

 あらためて聞くと、佐藤さんの依頼内容は次のようなものでした。

〈いなくなったのはギャルソンという茶トラに白が混じった大柄なオス。もう1匹、妹にあたる三毛猫のコロラというメスがいて、森の中に住んでいる。夫妻は退職を機に2匹を連れて大分へと転居する予定だった。ずっと餌をあげてきた自分たちがいなくなると困ると思ったからだが、その矢先、ギャルソンだけがいなくなってしまった〉

 これを聞いて私は、行方不明というよりどこかに出かけているだけではと考えました。捜索でなく、まずはギャルソンをおびき寄せる方がいいと判断し、ご夫婦にこう伝えたのです。

「家の敷地から外に向かい、いつも通りに名前を呼んでみてください。近くで方向を見失っている時や、発情期などで他に関心が向いている場合、自ら戻ってくることがあります。それから、敷地付近にいつもの餌を置いてみましょう。帰るつもりがなくても匂いにつられ、戻ろうとする意識が高くなります」

 果たしてその晩、佐藤さんから「ギャルソンが戻ってきた」と連絡を受けました。私は結局2匹とは会わずじまいでしたが一件落着、戻ってくれば何よりです。ところが、話はこれで終わりませんでした。

引っ越しの翌日ネコ2匹が…


「ペット探偵」の藤原博史氏

 それから1カ月後、大分に越した佐藤さんの奥さんから電話がありました。なんと引っ越しの翌日に2匹とも行方不明になったといい、詳しい事情を聞くと、

「新居では敷地内で飼っていたのですが、運動するために作った庭の小屋から逃げ出してしまって。いなくなった当日は2匹とも声が時々聞こえたのですが、姿は見えなかった。翌日、いったんギャルソンは帰ってきたのですけれど……」

 が、ここで夫婦は戻ってきたギャルソンを放してしまいます。コロラを連れて帰ってくると期待したのでしょう。これが事態を悪化させ、3日目にはギャルソンまで行方不明になってしまった。あいにく私は当時、複数の捜索に関わっており、実際に大分入りできたのは連絡から1カ月以上が経過した2017年の6月初めになっていました。

 佐藤さんの新居は郊外の住宅街、いわゆるニュータウンにありました。これまで森の中に棲んでいた2匹は、全く違う環境へいきなり連れて行かれたわけです。

 ご夫婦も、この大きな変化を心配していて、だから外の空気を吸わせよう、日向ぼっこもしてもらおうと、庭に専用の小屋を作ったといいます。ところが、木材と金網で作られた小屋から2匹は脱走した。しかも網の下に穴を掘って――。

 土を掘るなんて普通のネコではまず考えられません。この2匹は、非常に野性味の強いネコだったのです。

 ご夫婦からこうした経緯を聞いたのち、私は現場の調査に取り掛かりました。

 まずは2匹が掘った穴のすぐ傍に立ち、周囲を見渡します。つまりは動物の立場になって考えるということで、どんなペットを探す時でも非常に大事な手法です。説明は難しいのですが、例えばギャルソンとコロラの目の高さで周囲を眺め渡すだけでも、景色はずいぶんと違ってくる。何を考え、どちらの方角に向かったのだろうか、と。

 私はこの時ふと、2匹はあの葉山の森に帰ろうとしたのでは、と直感しました。「自分のうちはここではない」と考えたのかもしれない。ならば帰巣本能に従って歩くでしょう。ただ、ネコの方向感覚というのは個体差が激しく、そもそも今回は感覚を頼りに帰れる距離ではありません。また、2匹一緒にいなくなったことは一見プラスに思われますが、ネコ同士が一緒に行動するケースはほとんどなく、別々に捜索せざるを得ないと判断しました。

 それでも私は佐藤さんに「見つかると思いますよ」と伝えました。行方不明から1カ月以上経っていましたが、自力で生きられるあの2匹なら、きっと生き延びているはず。私にはそう思えたのです。

藤原博史(ふじわらひろし) ペットレスキュー代表。1969年生まれ。迷子になったペットを探す動物専門の探偵。97年に「ペットレスキュー」を設立し、ドキュメンタリードラマ「猫探偵の事件簿」(NHK BS)のモデルにもなった。

新潮社 週刊新潮
2020年2月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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