『晩酌の誕生』飯野亮一著 江戸の食文化を活写

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晩酌の誕生

『晩酌の誕生』

著者
飯野 亮一 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784480512161
発売日
2023/11/13
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『晩酌の誕生』飯野亮一著 江戸の食文化を活写

[レビュアー] 三保谷浩輝

コロナ禍で定着した「家飲み」は、江戸時代には「内呑(の)み」と言われ、なかでも夕食時に酒を楽しむ晩酌は「江戸っ子にとって生きがいになっていた」という。本書は、江戸期に花開いた晩酌文化を、食文化史研究家の著者が文献史料などを基に解説する。

晩酌の習慣化の大きなきっかけは、菜種油や綿実油など灯火燃料の生産量増大により「灯火を取り入れ、生活時間に夜を加えることが出来るようになったこと」。店の夜間営業も可能になり、簡単な料理や酒を出す煮売茶屋、富裕層のための料理茶屋、庶民向けの居酒屋などが繁盛。飲食店のランク付けも『ミシュランガイド』より150年も早く行われていたという。

こうした外飲みに対し、家でくつろぐ晩酌を後押ししたのが、多彩な肴(さかな)を手軽に調達できるサービス。江戸の町を巡るおでん燗酒、野菜や鮮魚の振り売り、料理屋の仕出し、天ぷらや煮しめの屋台店など今でいうデリバリーやテークアウトが充実していた。

料理では鋳物製の小鍋で食べる「小鍋立(こなべだて)」も流行。本書でも池波正太郎の小説「仕掛人・藤枝梅安」シリーズの千切り大根とアサリの小鍋立を食べる場面を紹介。そこで梅安が飲むのは冷や酒だが、当時の酒は超辛口で、温めると甘味が増し飲みやすくなるためか季節を問わず熱かんで飲まれていたとのうんちくも。

忠孝が重んじられ、孝行者には奉行所から「褒美」が出た時代だが、わずかな稼ぎから酒好きの親への晩酌代を工面していた息子らも褒賞されていたという記録もあり、興味深い。一年の禁酒を宣言しながら「(禁酒期間を)二年にのばして、昼の内ばかりやめて、夜はお許しにした」と晩酌にこだわる江戸っ子の調子のよさがうかがえる小咄(こばなし)も紹介している。

図版が多数収録され、晩酌を楽しむ人々の生き生きとした様子が伝わってくる。今も昔も「明日への活力」となる晩酌。その味わいと、それができる平和な日々のありがたみも思い起こさせてくれる。(ちくま学芸文庫・1430円)

評・三保谷浩輝(文化部)

産経新聞
2024年2月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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