『玄奘三蔵がつなぐ中央アジアと日本』近本謙介/影山悦子編

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玄奘三蔵がつなぐ中央アジアと日本

『玄奘三蔵がつなぐ中央アジアと日本』

著者
近本謙介 [編集]/影山悦子 [編集]
出版社
臨川書店
ジャンル
歴史・地理/歴史総記
ISBN
9784653045595
発売日
2023/12/25
価格
5,940円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『玄奘三蔵がつなぐ中央アジアと日本』近本謙介/影山悦子編

[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

仏教文化 天竺の旅の功績

 「玄奘(げんじょう)」と聞いて、すぐに彼がどういう人物であったか思い至る人は多くはないだろう。しかし『西遊記』の「三蔵法師」と聞けば、日本でもドラマとして一世風靡(ふうび)した、稀代(きだい)の美女夏目雅子が演じた姿を思い出す人は多いはずである。元代に成立した奇譚(きたん)小説『西遊記』の「三蔵法師」は玄奘をモデルにした架空の人物であるが、物語と同様、玄奘は旅する僧であった。ちなみに「三蔵」とは仏典に精通した高僧に対して皇帝から与えられる称号であり、玄奘その人を指すものではない。空海らと共に遣唐使として留学し、中国で訳経僧(やっきょうそう)として活躍した日本人の霊仙もまた「三蔵」であった。玄奘の仏教史上の最大の功績は、サンスクリット語などで書かれていた膨大な量の仏教原典を漢語に翻訳したことであり、日本仏教もまたその翻訳の恩恵に浴してきた。経として我々に最も馴染(なじ)み深い「般若心経」も彼の手に拠(よ)ると言われる。

 本書は経典を求めて天竺(てんじく)へと旅をした玄奘が訪れた中央アジアの仏教文化とそれらが玄奘と持つ関わりについて、当代随一の専門家たちが自身の研究を図解などを交えて分かりやすく説明した論文集である。専門知ではあるが、一般からも理解されやすいように工夫されており、シルクロードに関心のある人なら、十分読み応えのある一冊である。2021年に開催されたワークショップでの報告内容が基軸だが、そのワークショップの主催者であった本書の編者のひとり近本謙介氏は23年に急逝しており、本書はその仲間の手で刊行された。近本氏の業績は、日本に残る仏教絵画や説話の分析を通じてシルクロードをたどってもたらされた「西域」の影響を、日本の仏教文化の中で再評価したことに代表される。

 現代の日本人にとって、仏教は「外来文化」であるという意識はあまりないが、古代から中世にかけての日本人にとっては、それは紛れもなく最先端の海外文化であった。そのイメージは中国仏教が帯びていたユーラシア大陸の広範囲に及ぶエキゾチックで多様な文化に彩られていたのである。(臨川書店、5940円)

読売新聞
2024年3月8日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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