『それでも母親になるべきですか』ペギー・オドネル・ヘフィントン著

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それでも母親になるべきですか

『それでも母親になるべきですか』

著者
ペギー・オドネル・ヘフィントン [著]/鹿田 昌美 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/外国文学、その他
ISBN
9784105073718
発売日
2023/11/22
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『それでも母親になるべきですか』ペギー・オドネル・ヘフィントン著

[レビュアー] 岡美穂子(歴史学者・東京大准教授)

「育児の責任は女性」に疑義

 私が思春期の女子だった頃、「アグネス論争」なるものがあった。今では日本の文壇を代表する作家である林真理子氏と、香港出身の可愛(かわい)らしくも自分の意見をはっきりと言う歌手アグネス・チャン氏との間に生じた、職場に子どもを連れてくる是非をめぐる、メディアを巻き込む激しい論争であった。当時未婚であった林氏は都会的で尖(とが)った女子の代表の雰囲気を漂わせていたが、子供心に、愛らしいアグネス・チャン氏が目に涙を溜(た)めて訴える様にひどく同情した記憶がある。あれから約40年の歳月が流れ、ワーキングマザーは日本の成人女性のスタンダードな在り方となり、男寄りの女でも母性満開の女でもなく、中和的な思考・行動がとれる女性も増えた。しかし実際のところ、彼女たち、もとい私たちをめぐる社会常識や環境は大きくは変わっていないように感じる。

 本書の翻訳者は、すでに日本でも話題になったオルナ・ドーナト『母親になって後悔してる』(新潮社)を手掛けている。「母性」は女性にとって自然に備わっているもので、子どもを産んだなら育児の責任はすべからく女性が背負うべきだ、という暗黙の了解に疑義を唱えるという点で両書は共通している。著者は現代社会のジェンダーやフェミニズムの研究者ではなく、歴史学者であり、本書の中では歴史的、哲学的な視点で語られていることも多い。日本人女性にしてみれば、欧米社会というのは日本と比較して個人の意思が尊重され、ジェンダー平等への意識も高く、誰もがより生きやすく設計されているように見えるが、育児に関してはまったくそうではないらしい。

 最も印象的であったのは、近年アメリカでは「母親」は名詞ではなく、「母親をする」という動詞として考えられる傾向があるということだ。それによって、「出産」という行為をともなわずとも、様々な形で育児に携わることが可能になる、という考え方は、私が知る限り、日本ではまだ周知されていない。少子高齢化社会での「子を持つこと」の意味を考えさせる一冊である。鹿田昌美訳。(新潮社、2200円)

読売新聞
2024年1月26日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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