『西洋古典名言名句集』西洋古典叢書編集部編

悩める心に　古代人の知

　この世に生を受けた瞬間から、人は悩みと無縁では生きられない。そして成長するに従って、その悩みの種類は増え、深くなる。価値観の変容速度が激しい上に、相互不寛容が増している現代社会の中で、私たちは様々なストレスに晒（さら）されている。とはいえ、人の悩みの多くは、古今東西問わず、ある程度共通している。よって古代のギリシア人やローマ人が悩み苦しんだ末に生み出した、凝縮された言葉の中に、私たちは自身の悩みに対する一筋の光のようなものを見いだすことができる。

　本書は、京都大学学術出版会『西洋古典叢(そう)書(しょ)』シリーズの刊行１６０冊を記念して製作された知の集積である。これらの名言名句は、過去に刊行された同叢書からの抽出であるが、いずれの言葉も選（よ）りすぐりのもので、心の赴くままにページを開いてみても、必ずやそこに深い人生の学びを見いだすことができる。興味深いのは、項目の並べ方が元々の句の作者名ではなく、索引項目の五十音順で編まれていることである。必ずしも読者が見つけたい名言名句が、その索引で分類された箇所に存在するとは限らない。ゆえに、たまたま開いたページを読むのも一興である。重要な項目には、その言葉にまつわる語源や概念、由来などの解説がある。それらを西洋古典から知るだけでも心躍る。

　たまたま開いたページに「女」という項目があった。では「男」という項目があるのか、と思いきや、それがない。そしてこの「女」の項目に収載されている名言名句は、私から見れば、けしからぬものばかりである。編者が女性に対して偏見を持っているのか、と訝（いぶか）しんで読み進めたところ、その次ページには「女嫌いの古代ギリシア人」というコラムがあり、「ミソジニー」という単語の由来と共に、ギリシア人には女性に辛口の人が多かったことが説明される。深読みすれば、古代ギリシア人にとって、女性は畏怖すべき存在であったのだろう。男と女の間の悩みも古代から綿々と連続している。（京都大学学術出版会、２６４０円）

• 岡美穂子
• 京都大学学術出版会
• 西洋古典名言名句集
• 西洋古典叢書編集部

• 
• 
•