『高台院』
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『高台院』福田千鶴著
[レビュアー] 岡本隆司(歴史学者・早稲田大教授)
本書の「高台院」こと、いわゆる「北政所ねね」を好ましく思うのは、高校時代にみた大河ドラマ「おんな太閤記」の影響なのだろう。その劇的な生涯は、たくさん語られてきた。小説もあれば映像もある。
学術的な著述も少なくないけれど、伝統ある「人物叢(そう)書(しょ)」に北政所がないのは意外だった。そんなわけで待望の一冊である。
一次史料に密着、精(せい)緻(ち)厳密かつ禁欲的、疑わしきを闕(か)きつつも、俗説の数々を却(しりぞ)けてゆくのが痛快である。評者にとっての圧巻は、信長からもらった「朱印状」の原文・訳文も載せて「丁寧に紹介して」くれたくだり、ファンにはとてもうれしい配慮ではある。
その解読はじめ、誕生・婚姻・茶々や秀頼との関係、さらには実名にいたるまで、あるいは読者の抱くそれぞれの北政所像とは異なる造形かもしれない。しかし「歴史学の手続き」にしたがうと、こうならざるをえない、という範例ではあって、北政所がいかに俗説にまみれてきたかにも気づかされる。それでも「努力の人」だったという平凡な結論は、やはり誰しも納得ゆく鉄案にちがいあるまい。(吉川弘文館、2530円)