<書評>『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!

『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』

著者
小林 エリカ [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784480815774
発売日
2024/03/02
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『彼女たちの戦争 嵐の中のささやきよ!』小林エリカ 著

[レビュアー] 水上文(文筆家)

◆栄光の影 忘れ去られた声

 本書は、戦争と全く無関係には生きられなかった、様々(さまざま)な国の様々な女性たちの生を描くものである。すでに喪(うしな)われた彼女たちを悼むように、28章に分けられた本書の全ての扉には、著者によるイラストが添えられている。

 取り上げられる女性たちは多様だが、共通点がひとつだけある。それは彼女たちが軽んじられ、その声を十分に聴かれないまましばしば忘れ去られてきた、ということだ。

 女性初のノーベル賞受賞者でさえ、そうである。マリア・スクウォドフスカというこの女性を、キュリー夫人としてのみ記憶している人は多いだろう。あるいは男性たちの栄光の影で人生をかけた研究の功績を横取りされた女性、ロザリンド・フランクリンがいることを知らない人は多いだろう。相対性理論を発見した男性の顔を誰もが知る一方で、夢も諦め夫にも顧みられずひとりで育児した妻、ミレヴァ・マリッチの顔を知る人はほとんどいないだろう。

 著名な彫刻家の男性に「ミューズ(女神)」として見初められたものの、妊娠すると中絶を強いられ、子も恋人も師も失って精神病院へと至り死んでいった女性、カミーユ・クローデルもまた、男性の得た知名度には遠く及ばない。どれほど多くの「ミューズ」たちが不当に軽んじられ、忘れ去られてきたことだろう。

 それでも彼女たちは、ようやく名前を記憶されようとしているだけましなのかもしれない。ラジウム・ガールズにヒロシマ・ガールズ。自らの名前を明かして語ることも困難で、一括(くく)りにされる女性たちがいる。ボコ・ハラムに誘拐された女性たちやかつて女工だった女性たち、そして戦時下性暴力を受けた女性たちは、困難の中語り出してもなお十分に聴き入れられているとは言えないだろう。書かれないまま存在していた/している人はさらに多いだろう。

 今まさにこの世界で、虐殺が、戦争が起きている。だから本書を、自らの無力さに打ちひしがれている人に手渡したい。かすかな囁(ささや)きに耳を傾けること、抵抗はそこから始まるのだと、私は思うから。

(筑摩書房・1870円)

1978年生まれ。作家・漫画家。著書『マダム・キュリーと朝食を』など。

◆もう一冊

『ソ連兵へ差し出された娘たち』平井美帆著(集英社)

中日新聞 東京新聞
2024年5月5日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク