『夜中の電話 父・井上ひさし 最後の言葉』
- 著者
- 井上 麻矢 [著]
- 出版社
- 集英社インターナショナル
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784797673067
- 発売日
- 2015/11/26
- 価格
- 1,320円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
【聞きたい。】井上麻矢さん 『夜中の電話』 一言も聞き漏らすまいと
[文] 喜多由浩(産経新聞社 文化部編集委員)
作家、井上ひさしが書いた芝居の代表作に「父と暮せば」がある。広島の原爆で亡くなった父親が、独り残された愛娘(まなむすめ)の行く末を心配し、幽霊になって現れるという物語だ。
がんに侵された父・ひさしも、劇団「こまつ座」を託した娘が気がかりでならなかったのだろう。芝居のこと、経営のこと、人生のこと…命を削った「夜中の電話」は75歳で亡くなる平成22年春の直前まで続く。
「夜の11時過ぎ、スポーツニュースが終わったころ、電話は毎日のように掛かってくる。『ちょっといいかな』で始まった電話が何時間も終わらない。気がついたら夜が明けていたことも。(『こまつ座』を継がせた)私を何とか一人前にしなければ、絶対に『こまつ座』を潰すわけにはいかないんだ、という一心だったと思いますね」
決して良好な父娘関係だったわけではない。10代の多感な時期に両親は離婚。家庭を壊した父を厳しい言葉でなじったこともある。「こまつ座」は両親が立ち上げた“家業”といえる劇団。肉親や多くの関係者の思惑が複雑に絡み合う。その上、放漫経営による多額の負債にあえいでいた。
「そんな状況でも父は『マイナスの話』は一切しないんです。楽しげに未来を語り、亡くなるまで新作への創作意欲をにじませていました。そして、私には『キミは(周囲の雑音に惑わされず)こまつ座のことだけを考えていればいいんだよ』って…。一言も聞き漏らすまいと必死でした。どれだけ私が父のことが好きで父を求めていたことか、も分かったんです」
父の死から5年半。遺(のこ)された言葉を胸に刻み、がむしゃらに突き進んできた。浮き沈みはあるが、公演は盛況続き、かなりの借金も返すことができた。
「このごろ、しみじみと思うんですよ。あのときの父の言葉がよく分かる。そして『私の支え』になってくれているんだ、って」(集英社インターナショナル・1200円+税)
喜多由浩
【プロフィル】井上麻矢
いのうえ・まや 昭和42年、井上ひさしの三女として東京・柳橋に生まれる。新聞社勤務などを経て、平成21年11月、こまつ座社長に就任。