【自著を語る】おおの麻里 オペラをみたことがない

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メロドラマ・オペラのヒロインたち

『メロドラマ・オペラのヒロインたち』

著者
岡田 暁生 [著]
出版社
小学館
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784093884501
発売日
2015/11/05
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【自著を語る】おおの麻里 オペラをみたことがない

[文] おおの麻里(イラストレーター)

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 オペラをみたことがない。バレエは大好きでとくにコンテンポラリーが好き。歌舞伎は安い席だけど二年くらい毎月通った。能や宝塚や人形浄瑠璃や芝居にサーカスにSMショーだって、結構いろいろみてきたほうなのだ。なのにオペラをみる機会はなかった。そんなわたしにオペラの連載に挿絵を描くという仕事がきた。今はYouTubeやDVDで映像をみることだってできるけど、小さな画面で知った気になって絵を描くのは嫌だった。知らないから描けることもあるのかもしれない。担当編集者が資料を用意するというのを断った。幸いにも「下絵はいらない、自由に描いて結構」と太っ腹なことを言ってくださるのだから。そうはいってもイラストの仕事をしていると、自由って意外と怖いものだ。いただいたお題をどう返すか、何かの制約をどうクリアして絵を描くかというゲームをしているように感じることがあるし、それに慣れてもいるから。

 第八話の「ホフマン物語」では、ぷりんとしたおっぱいをここぞと描かせてもらった。舞台である娼婦(しょうふ)の町の川にかかる橋に立って、品定めをしてる男になったつもりで。仕事で入浴シーンを描くことはあっても、乳首NGだったりする。「昭和のアイドルじゃあるまいし。ていうか絵だし」とかひとりでぶつぶついいながら、乳首の見えない角度に描き直したり泡で隠してみたりしてきた。この回には他にも描きたいものがいっぱいあった。機械仕掛けの人形に恋する男、男の影を奪う女。瀕死(ひんし)の歌姫。燃える劇場、死の気配を漂わす町とゴンドラ。カーニバルの仮装や仮面。甘やかなシャンパン・カクテル。ああ、ステキ。

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 第十三話「コジ・ファン・トゥッテ」も印象深い。モーツァルトっていいなあ。こってりドロドロのオペラが続く中、著者の岡田先生が「箸休め」として紹介しているように、わたしも一緒にドロドロをお休みという気分になった。連載をやっていた約二年間、わたしにとっては大小いろんな厄災がつぎつぎ降ってきたようなときだった。ちょうど人生半ばの微妙な年齢だったこともあるだろう、どこまで耐えられるのか試されているような、もうやるならとことんやりなさいよって笑うしかないような、そんなときだった。ドロドロだとか真実だとかもあんまり続くと笑うしかない。メロドラマのヒロインにはなりたくないけど、モーツァルトのヒロインなら友達になれそうでいい。すこし軽いお遊び気分で幻のフェニックス女を描いたけど、ドレスの中には男がもうひとり必要だったかな。

 こんな風に好き勝手に想像して描いてきた連載が単行本化されるにあたり、嬉(うれ)しいことに二十話分の挿絵すべてを載せていただけることになった。装画は強く印象に残っている「ホフマン物語」を土台に、椿(つばき)やカササギなどオペラっぽいものをちりばめて描いた。イメージはたっぷり、でもきっと一番大切な音楽はまだ流れていない。この冬はオペラをみようと思っている。

小学館 本の窓
2016年1月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

小学館

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